2010年02月13日

 沼津市議会議員定数削減請求について

 2月13日付けの産経新聞によれば、「沼津市内の297自治会でつくる自治会連合会(高木孝会長)が、地方自治法に基づき沼津市議会の議員定数の削減を求めた直接請求が近く栗原裕康市長に受理され、12日に開会した2月定例市議会に条例改定案が提出される見通しだ。」とのことです。
 
 実は議員削減の要求が自治会連合会から請願などで出されるケースというのが以外に多いようで、所沢市に視察にみえた市議会でも、複数の議会で、そういった事例があり、そのことがきっかけとなって議会改革にとりくんだという声をお聞きしました。

 地方議会と、自治会連合会は、ライバル関係、緊張関係にある自治体も多いのではないでしょうか。
 自治会連合会の方からすれば、これはあくまでも想像ですが、「私たちの方がよっぽど地域の声を吸い上げ、安い費用で、回覧板の回覧や清掃など、よっぽどしっかりやっている。それに比べて議員はあんあに高い給料をもらってなんだ」ということかもしれません。

 1月8日付けの毎日新聞によれば、請求の主な理由としては、「▽大胆な行政改革▽地域主権にふさわしい少数精鋭の議会を目指す▽広域合併、政令市実現の突破口を開くため静岡、浜松両市並みの人口1万人あたり、議員1人が適切」の3つの理由だそうです。

 こうした請求の背景には、やはり議会は何をやっているんだという不満があると思います。でも、なかなかそうは思っていただけないことが、残念なことなのですが、議員は、住民にとって権利であり、コストセクターではないはずです。市長からみれば、確かにコストセクターですが。むしろ、本来の行政のチェック機能を発揮することで、税金の無駄遣いを少なくすることができます。

 どうしても、右肩あがり時代には議員は、無駄遣いをなくすことではなく、いかに自分たちの地域に、道路や公民館など資源配分を多くもってくるかが仕事でした。ところが、いつしか、それが逆転したことに議員が対応できなくなっているということなのかもしれません。

 でも、少なくとも議員は4年に1回は有権者の皆様のチェックを受けるのですから、まだましで、本当のコストは、終身雇用で保障されていながら、働きに見合わない高給を得ている一部の働きの悪い職員の削減のほうが、はるかに削減の重要性が高いと思われます。しかも、こういった職員は、働きが悪いからといって辞めさせることはおろか、降格や減給もままならないのです。議員が減れば、そういった不合理に対する監視機能もさらに弱まります。

 あるいは、お手盛りの手当ての数々、競争性のない様々な調達、不透明な補助金など、議員が少なくなれば、喜ぶのは執行部です。

 また、定数をへらせば少数精鋭になるというのは、根拠のはっきりしない話です。まずは、少数精鋭の定義がはっきりしません。地方議会に限らず、得票数と議員の能力には、正の相関があるとは考えにくいです。投票行為が実績や能力の評価よりも、人気投票の側面が強いと感じるケースがままあります。
 定数を減らしたら少数になることは事実でしょうが精鋭になるかどうかは保証の限りではありません。監視する目が一定程度確保されているほうが、精鋭でなくてもいいでしょう。精鋭でも少なければ物理的にチェック機能が弱まります。

 ただ、言えることは、議員報酬を上げれば議員としての能力はともあれ、世間的な評価のいわゆる優秀な人材が確保できることは、おそらくありえるでしょう。

 人口1万人あたり、1人の議員という基準は基準としてはそういう考え方もあるだろうなと思います。
 結局、地方分権の時代ですから、定数に正解はないわけですから、自治体独自の判断になります。判断基準は、他市比較というのは自然な流れだと思います。

 いずれにせよ、地方議会に対する市民の不満が大きいのは事実ですから、所沢市議会においてもさらなる議会改革を進めなくてはいけないことを改めて確認させていただき、私もさらに無駄遣い削減に向けて取り組む決意を新たにした次第です。
  

 
 
 

 

2010年02月12日

 地方分権改革は静かなる革命だったのか?

 2月12日に、第一法規が主催する議員向け「政策法務研修」を受講してまいりました。以前にも参加したことがあるのですが、私が議員になって受けた研修の中でも、この政策法務研修は、法学部出身でない私にとって、最も役に立つ研修でした。ですので、今回も受講しました。
 前回同様、やはり様々な知見を得ることができました。

 特に、地方分権改革にかかわる地方自治法の改正内容をご紹介しながら、現在の自治体や自治体議会が抱える問題点について考えてみたいと思います。
 
 私は、2000年4月の地方分権改革の意義を過小評価しているのではないか。丁寧に、地方分権一括法以後改正された地方自治法の条文をいちいち追って解説していただく中で、改めてそう感じました。

 少し、順を追って確認します。

 条文としては、重要な位置づけを持つ第1条に二が付け加えられています。
 第一条の二  地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。
 これによって、包括的に地域における権限を授権されたことになるのでしょう。
 
 第一条の二 
 2  (前略)住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない


 第二条
 11 地方公共団体に関する法令の規定は、地方自治の本旨に基づき、かつ、国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえたものでなければならない。
 この条文によって、国 県 市町村の垂直統合から、国 県 市町村の水平分業(分担)になったと言っていいでしょう。

 12  地方公共団体に関する法令の規定は、地方自治の本旨に基づいて、かつ、国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて、これを解釈し、及び運用するようにしなければならない。(後略)
 この条文によって、法令の自主解釈権を獲得しました。

 (関与の法定主義)
第二百四十五条の二  普通地方公共団体は、その事務の処理に関し、法律又はこれに基づく政令によらなければ、普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与を受け、又は要することとされることはない。

 (関与の基本原則)
第二百四十五条の三  国は、普通地方公共団体が、その事務の処理に関し、普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与を受け、又は要することとする場合には、その目的を達成するために必要な最小限度のものとするとともに、普通地方公共団体の自主性及び自立性に配慮しなければならない。

 上二条で、関与の法定主義が明確化しました。

 所沢市議会の場合は、機関委任事務の時代を知らない分権改革以後世代 である1期生、2期生が半数以上を占めています。私もその一人ですが、こうやって、改めて改正条文を取り上げて解説していただくと、2000年の地方自治法改正は、少し表現が大袈裟ですか静かなる革命だったのではないかという感じがしてなりません。
 この革命に議会も執行部もまだ対応しきっていないのが実情ではないかとも改めて思った次第です。
 
 

2010年02月10日

 地殻変動の地方自治 ③

 本当は、2回でやめようと思ったのですが、今少しお伝えしたいこともあるので、自治体学関東フォーラム2010のお話をもう少し。
 金井教授の基調講演の中で、地殻変動、経済成長の終えんによって、自治体の選択肢は4つに集約されていくだろうというお話がありました。大変重要な論点を含んでいるので、ご紹介しつつ考察してみたいと思います。
 
 1)開発主義 ケインズ主義による公共投資による乗数効果を目指す成長戦略ですね。「20世紀の過疎自治体にもみられた」と金井先生は説明しています。私も、山村の研究で修士論文を書いたのですが、その論文では、開発主義を批判的にとらえています。ダムの問題も、原則はこの開発主義に起因しています。今は、ダム開発は、治水が議論の中心ですが、20年前は、経済波及効果が最大の論点でした。ついでに治水といった感じでしたね。

 2)終末主義 シュリンキング(縮小)ポリシーに近いのですかね。退却戦略です。現実には、よっぽどのことがない限りは、この戦略は選択できないでしょう。夕張の場合は強制的終末主義でしょうか。
 以前、日本生態系協会が主催するシンポジウムで、シュリンキングポリシーを採用している旧東ドイツの街の事例が紹介されていました。正直、そこまで考えなくてはならないのか、とちょっと気分が後ろ向きになりました。この主義の偽装としては、コンパクトシティの形をとることもあります。
 でも、もうそろそろ考える時期にあるのは事実です。

 3)高負担主義 財源を賄うために高負担を求めるという戦略です。大きな自治体指向といってもいいでしょうかね。基礎自治体レベルでの選択というのは実際ありえないような気がします。
 ティボーの足による投票という仮説が公共経済学、財政学ではあって、住民は行政サービスに応じて居住地を移動するという仮説です。
 この仮説に従えばあまり高負担の場合は、居住者が引っ越すというデメリットがあります。また、この場合、スピルオーバー(漏れ出し)問題も検討しなくてはなりません。つまり、たとえば、所沢市が高負担で住民サービスを充実させたとして、近隣市町村の住民に対してその住民サービスを制限できない場合、近隣住民に所沢市の負担でサービスをしていることになってしまうという問題です。
 東京都の清瀬小児病院と所沢市の関係がスピルオーバーの具体例としては挙げられます。清瀬小児病院は東京都の病院ですが、病院は基本的には患者を断ることができないので、所沢市の住民の利用が多かったことが問題視されていたようです。
 逆に、最近では、所沢市が近隣他市と比較して充実した小児夜間医療体制を構築しつつあります。当然所沢市としては受診を拒否できませんから、今後スピルオーバー問題が発生する可能性もあるかもしれません。
 いずれにせよ、受益者と負担者が相違する場合は、本来であれば県が取り組むべきでしょう。
 小児夜間医療充実を求めて、引越ししてくる可能性も考えられますが。
 保育園など、市内の住民に受益と負担が限定されている場合には、スピルオーバーは発生しませんので、こういった分野では、有効かもしれません。
 

 4)低負担主義 増税をせず、そのかわり行政サービスも削減、小さな政府です。これもティボーの足による投票理論では、場合によっては住民が逃げ出す可能性がありますね。


 選択肢にはないのですが、20世紀後半の自治体として例示されていたのが、
 5)負担転嫁主義 「低負担高福祉のために民間会社に負担を転嫁」と説明されていました。

 この5)の例が、介護保険事業者への負担の転嫁です。厚生労働省は、最初は高い介護報酬で、業者を集めておいて、その後、どんどん介護報酬を切り下げていきました。結果として、介護事業者、定着率も悪く、なかでも、訪問介護系は、施設介護系に比べて、利益率も格段に低くなりました。
 施設介護も、特に特養などは、年金だけでは入れない施設になりつつあります。

 1)の開発戦略も決して全て、ダメということではないと思います。ただ、リスクは相当高いと思われます。投資に見合うだけのリターンが果たして得られるのか。失敗すると、多額の負債を自治体が背負ってしまう点はとてもリスキーです。
 しかし、一方で、何らかの投資を行っていかないと、特に、所沢市のような東京の従属変数都市にとっては、他の従属変数都市に住民を持っていかれます。投資といっても、もちろん環境先進都市を目指すという方法もあるわけで、私だったら、自転車道をもっと整備します。できれば、筑波学園都市のように、都市軸の中心に自転車と歩道をもってきて、可能な限りの歩車分離を図るまちに作り替えるという投資を行います。

 いずれにせよ、大変示唆に富む分類であることは確かです。

 

 

2010年02月09日

 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?

 2月8日(月) 議員クラブの研修会で、元全国市議会議長会調査工法部長の加藤幸雄先生の講義がありました。
 みなさんは市長と議長、どっちが先にあいさつすべきだと思いますか?
 所沢市では、市長があいさつをし、その後、議長があいさつをします。
 その逆はみたことがありません。

 正解は、ということではないのですが、加藤先生は、「本来、議長が先で、市長が後にあいさつすべき」とおっしゃいます。
 その理由、わかりますか?(以下は、加藤先生の説明ではなく、私の勝手な解釈です。)

 市議会議員は、出馬しようとする自治体の住民票が要りますが、市長は、立候補する自治体の住民票がなくても出馬できます。 このことの意味、わかりますか?

 日本国憲法第93条では、
 1.地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
 2.地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

 1項に議会の定義が、2項に長と議員の定義がでてきます。
 
 まず、議会の定義が先にでてくるのはなぜでしょうか?
 第1項では、議会は、必ず置かなくてはいけないという意味です。でも、長は必ずおくという規定は憲法のどこにも書いていません。
 第2項で言っているのは、長を置く場合は、選挙で選んで、と言っているだけです。

 では市長は置かなくてもいいのか。憲法ではおかなくてもいいのですが、地方自治法では、第百三十九条  第2項に  市町村に市町村長を置く。 という規定があります。
 
 ちなみに、地方自治法でも、議会は第6章で、市長を含む執行機関は第7章です。住民は、第2章です。一番最初に記述されているのが住民です。次に登場するのが議会です。執行機関は、第7章です。

 ね、順番からいうと議会のほうが長より早いでしょ。だからあいさつも、本当は先じゃなくちゃ。
 まあ、本質的にどちらが先かはそれほどこだわる必要はないとおもうのでもありますが。

 憲法上は議会優位の設計ですが、これが地方自治法では、全く長優位に変えられています。
 加藤先生いわく、地方自治法に定められた 1 専決処分(第179条) 2 再議権(第176、177条) 3 会議の招集権(第101条) によって長の優位が保障されているそうです。

 まあ、長が優位となる最も大きい原因は、水戸黄門好きな国民性にあるのかもしれません。

2010年02月08日

 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加

 2月7日(日)は、徳島県阿南市で開催されら、松下政経塾の後輩、中西さんが企画運営をする阿南フォーラムに参加しました。テーマは、「私が、やる」をはじめよう。でした。
 阿南市は、青色発光ダイオードで有名な、日亜化学の本社がある都市です。
 今は、松下政経塾の卒塾生は、だいたい、卒塾に際して、地域でフォーラムを開催することが通例となっているようです。

 阿南市文化会館の一番大きい夢ホールがほぼ満席になりました。すごい動員力です。

 度肝を抜かれたのがオープニングビデオで、松下政経塾や周辺を舞台に、松下幸之助さんと、中西さんが、クロスオーバーするといった構成でした。
 プロローグで、地元の阿南中学校の箏曲部の演奏があり、これがまた聞きごたえがありました。

 佐野塾長のあいさつと、中西祐介さんの発表。
 パネルディスカッションでは、松下政経塾2期生で、4期16年山口県柳井市の市長を勤めた河内山哲朗さん、いま最も注目を集める阿南市の上流の街でもある徳島県上勝町の笠松和市さん、おなじく徳島県神山町でNPO活動を行っている、大南信也さんそれぞれからの活動の報告がありました。

 河内山さんは、私の松下政経塾時代の研修担当で、私たちが(特に私が)あまりにも様々に苦労をおかけしたため、研修担当になってから、10キロ以上痩せてしまったという逸話を持つ、お世話になった大先輩でもあります。

 河内山さんは内閣府道州制ビジョン懇談会の委員でもあり、道州制については、現職市長として、現実的な立場で発言をされて、積極推進派からは、「政経塾出身なのに」と苦言を呈されていたと以前うかがったことがあります。河内山さんも強調していましたが、「しくみを変えることで世の中が変わる、変えるということにあまり幻想を持たない方がよい。大事なのは人々の暮らしがよくなること」という主張には大いに共感いたします。
 しくみが必要に迫られて変わっていったことで、 必然的に世の中が変わっていくことはありますが、じゃあ、しくみを変えれば世の中は変わるのかといえば、それはなんとも確定的ではないという歴史の教訓に素直でなくてはいけないと思います。
 もちろん、変えていくことに消極的であってはいけないのは前提ではありますが。

 あと、2名のお話も興味深くお聞きしました。私も、そもそも山村の活性化が在塾時代のテーマでありましたし、実際に山形県西川町で研修もさせていただきました。ただ、やはり山村の現状はきびしいなあという印象を強くしたのもまた事実です。

 本当は、その後、4名の方々からの四国アクションプランも発表される予定だったのですが、飛行機の時間の関係もあり、途中で失礼してしまいました。

 今後の中西さんの活躍に多いに期待をして、阿南市を後にしました。

 
 
 

2010年02月07日

 地殻変動の地方自治 ②

 昨日に引き続き、自治体学関東フォーラム2010の報告です。

 金井先生の基調講演ののち、パネル討論に移りました。
 ファシリテーターは大森 彌 東京大学名誉教授
 パネリストは、福嶋浩彦前我孫子市長 当麻よし子所沢市長 青山彰久 読売新聞編集委員
 コメンテーターに松本武洋 和光市長

 やはり、おもしろかったのは大森先生のパネリストへのするどい突っ込みでした。
 でも、かつて所沢市民でもあり、古くから当麻市長の知り合いだった大森先生は、当麻市長にはあまり突っ込みませんでした。大森先生から当麻市長には、「総合計画必要なの」という問いに、「職員の動機付けにはいいのではないか」という答えでした。

 ひとしきり、金井先生の基調講演に対して、激励とも揶揄ともなんとも判断のつきにくいコメントののち、本題に入っていきました。

 以下、時系列に沿ってではなく、論議が盛り上がった話題ごとにそのやりとりを振り返ってみます。

 住民と市民の違いについて

 福嶋先生が市民という言葉を使うことについて、大森先生が市民とはなんぞやと問いかける。市民とは、近代市民社会によって生まれた概念と応ずる。でも、市民というのは法律的には定義がはっきりしていない。憲法は国民、地方自治法は住民。だから私は市民という言葉を意図的に使わないようにしてきたと大森先生。しかし、パネルの最後のまとめ部分で「最近は、熱心に公のためにがんばっている少数の住民を「市民」と読んでいいのかな」と思っているとのことでした。
 
 地域主権の主権について
 大森先生が、「地域主権という表現は憲法から見て適切な表現とは言えないのではないか」と疑問を呈していました。確かに、主権概念というのは、国家の最高権力だからそれが地域主権という場合は、地域に最高権力があることになる。となると、地域主権ということは、地域が自衛権も有することになってしまう。憲法上は問題があるのは事実では。
 大森先生は、「民主党の地域主権法という名称は内閣法制局が許さないのではないか」という見解を示す。福嶋先生は、「地域主権とは、地方分権とは、あくまでも国家権力の配分というイメージ。その点、地域主権といった場合、(EUの地方自治憲章のように)、地域からの積み上げで、補完性原理によって、積み上げられていくイメージを表す言葉ではないか」という。

 実は、同じ質問を地域主権型国家を提唱するPHPのある方にも以前投げかけたことがある。その方は、だから地域主権「型」と「型」という言葉を入れているんですよ、とのことであった。なるほど。

 道州制も、地域主権をベースに考えるのは憲法との整合性がとれないのではという議論があるが、松下幸之助さんは、廃県置州というときには、常に憲法の改正も視野に入れて議論をしていました。連邦制に近いこと、つまり通貨まで別にしようということも構想していました。


 住民は、よい政治であればどっちでもいいのではないか

 今回、もっとも印象に残った言葉。ジャーナリストの青山さんから発せられた。それに対して、大森先生は、「じゃあ、青山さんはそれでいいの」との問いに、「いいわけではないけど、住民は実際そう思っているという人が多いという視点は忘れてはならないということです」と答えていた。

 実に、刺激的なフォーラムでした。

2010年02月06日

 地殻変動の地方自治 ①

 2月6日(土) 埼玉県和光市文化センター小ホールで開催された、「自治体学関東フォーラム2010 in 和光」を聴講に行ってきました。
 今回は、当麻市長もパネリストとして参加していました。

 基調講演は、東京大学法学部教授の金井利之氏。この金井先生がいつもながら地方自治について、あまりにも当を得ているがゆえに、身も蓋もない現状分析を今回も披歴してくれました。

 金井先生は、自治体は3面性を有しているといいます。

 1)政治体 つまり政府としての自治体
 2)経営体 企業としての自治体
 3)公共体 NPOとしての自治体 

 ということでした。

 私なりに言いかえると、1)は主権者がコントロールする対象としての自治体 つまり権力機構としての自治体ですね。 2)は行政サービスの提供主体としての自治体 早い話が、水道や保育園などの提供体として自治体です。 3)は、ちょっとうまく説明できませんが、私の感覚だと2)の派生系のような気もします。

 ただ、金井先生も1)の政治体としての自治体で触れていましたが、全権限性・総合性・概括授権主義つまり、「法律的に規定があろうとなかろうと、自治体に発生する問題が問題だと思えば問題として取り上げることができる」わけですし、地方自治法の第二条で「 地方公共団体は、法人とする。」となっていますから、そもそも存在自体がNPOともいえますし、そもそも論でいえば、3)公共体についてはあたりまえといえば当たり前のことなんでしょう。まあ、しかしこの議論を突き詰めてしまうと、じゃあ、もし自治体内に別の自治体ができて、それが強大化した場合、自治体の包括授権性は事実上相対化されてしまうという危険性もありますね。
 たとえば、戦後すぐに、いわゆる戦勝国民に好き勝手に動きまわられて、自治体内における治安力を失った事例(後藤田正晴 「私の履歴書」に記述された横浜の事例)などが極端かもしれませんが、思いつきます。

 続いて、3つの地殻変動ということで、ここが身も蓋もない部分でして、
 1)少子高齢化 少子化対策はもう手の打ちようがない
 2)経済成長の終えん 経済成長は望めない
 3)コミュニティの崩壊 コミュニティは再生しそうもない

 ということでした。でも、その通りだと思います。金井先生と私は年代も近いせいか、共鳴するポイントが近いという印象です。

 特に、福祉分野の方にコミュニティに全ての解決策のカギがあるようなことを言う人がいますが、それは相当難しいというのが私の見立てです。
 なぜなら、特に所沢市などは、仕方なく都会に出てきた方もいますが、多くはコミュニティのわずらわしさがいやで都会に住んでいるわけですから、いまさら、コミュニティの世界というのも、どうかと思うからです。

 そういう点からすると、ある機会に上勝町のごみの分別の事例が報告されていましたが、あれもコミュニティが機能し、相互監視が効いているから成り立つ話だという限界をわきまえる必要があるでしょうね。
 特に、生まれたときからずっと所沢のような郊外で育った人は変なコミュニティ信奉がある場合もありますが、それはコミュニティのおどろおどろしさを知らないから言えるのであって、田舎出身の人でいやな思いをしたことのある人は、そういうことはないでしょうけど。
 金井先生も経歴をみると群馬出身となってますので、もしかしたら、後者の例なのかもしれませんね。

 つづく

 

2010年02月04日

 道州制議論について

 道州制について、さまざまな議論がされていますが、先日紹介した、渡辺喜美氏が
 「道州制をやろうという思いは民主党にもあったじゃありませんか。原口大臣いかがですか。」
 に答えて、原口大臣が、
 「私たちは基礎的自治体なんです。今のいわゆるしがらんだ中央集権のピラミッドを8つに分けて、そこに分けたところでそれは改革とは言わない、そう考えております。」
 と答えています。
 以前、松下政経塾地方議員の会で、原口大臣を訪問した際に、同じ質問をさせていただきましたが、やはり市町村、基礎自治体への権限移譲がまず先であるとの答えでした。
 また、「道州制は必ずしも否定しないが、現実に現場からは道州制をぜひやりたいという声はまだあがってきていない」というような趣旨の回答でした。

 私も、原口大臣に近い考えて、道州制は、松下政経塾の卒塾生として常に考えていかなくてはいけない、松下幸之助さんからの「宿題」、禅で言えば、「無税国家」と同様の「公案」のようなものととらえています。よって、まずは基礎自治体への権限移譲。そして、地理的に言えば、北海道、沖縄、九州、四国など地理的にもまとまりのある道州から段階的に進めていくべきではないかと考えています。そのことを、以前、道州制を熱心に提唱していらっしゃるPHP研究所のある方に投げかけてみたところ、「いや、やはりやる以上は全国一斉じゃないと、結局やらないのと一緒の結果になってしまう」「道州制は地方制度改革でもあるが、実際は官僚機構改革なのだ、中途半端なことでは、官僚機構は温存されてしまう」との回答でした。なるほど、それも一理あるなと思いましたが、本格的な道州制は憲法議論との摩擦がやはり潜在的には生じてしまうことと、関東や関西などで、どこをどのように区分けするかについては相当難渋しそうなので、まずは、基礎自治体への権限移譲を先行的に進めながら、漸進的に国の形をかえていくしかないのではないかというのが、現在の考えです。

 

2010年02月03日

 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)

 2月2日の国会の代表問で、みんなの党の渡辺喜美代表が、道州制を進めるべきとの代表質問の中でこう発言されました。

 渡辺喜美氏 衆議院本会議代表質問
 
 「江口さんの教え子である松下政経塾出身の民主党のみなさんは、立ち上がらないのですか。」

 この発言は、ちょっと違和感を感じました。
 私たち松下政経塾出身者は江口さんの教え子とはかならずしも言えないからです。

 確かに、江口さんには、塾生に対する講義を何度もしていただいてますし、特に松下幸之助さんのお側に長年仕えたかたですから、松下幸之助さんの発言について、書かれていないことも含めて教えていただきました。

 様々な形でお世話になった塾生も多いと思います。

 しかし、松下政経塾には、特定の先生というのを置かない、というのが塾の理念の柱となっていますので、やはり教え子というのはちょっとどうかなと思います。

 松下政経塾には五つの誓いと書いて「五誓」というものがあります。
 その中に、一、万事研修の事 というのがあり、「見るもの聞くこと全てに学び一切の体験を研修と受けとめて勤しむところに真の向上がある。心して見れば万物ことごとくわが師となる」
 というのがあります。

 どなたか特定の方を師と仰ぐのではなく、人も自然現象も含めて万物ことごとくわが師と思えというのが塾の基本理念です。

 松下幸之助さんの塾長講話録や問答集、あるいは収録されたビデオなどでは、政経塾では宮本武蔵のように、塾生には「師なくしておのずからその道に達してほしい」と述べています。

 松下幸之助さんの偉大さは、幸之助さん自身は、新国土創生、無税国家、観光立国など、さまざまなアイディアをお持ちでしたが、一緒に研究していこう、一緒に考えていこうというスタンスで塾生に臨んでおり、決して、自分の作った塾だから、自分の考えを実現するために塾生は行動せよとは言わなかったことです。
 なにしろ、政経塾も自分が作ったのではなく、天が「作らしめたもの」「公器である」という考え方が一貫していたことです。当然、会社も「公器」であるという考え方の方でしたので当然と言えば当然なのですが。

 ときどき、「松下政経塾の先生」であったと名乗られる方がいます。確かに何度かご指導いただいたことのある方ですから、そう言えなくもないのですし、いちいち松下幸之助さんの考え方や政経塾の基本理念をご説明申し上げるのも失礼ですから、その場は「ご指導ありがとうございました」で終わるのですが、本当に親身になってご指導いただいた方ほど松下政経塾で指導いただいたことを声高に言わないような印象があります。

 

2010年02月02日

 観光立国ということについて

 2月2日(月)テレビ東京のカンブリア宮殿は、星野リゾートの星野佳路社長が出演していた。星野社長は日本が生き残っていくためには観光で生きていくことが重要と強調していた。観光にとって重要なのが交通アクセスや治安のよさなど、日本はどれも充実しているのに、なぜか世界的には30位に甘んじているとのことでした。
 その原因としては、日本はどうしてもものづくり産業に産業の重点を置いており、また、それがうまくいったが為に、観光産業の重要性に目がいかなかったということでした。

 実は、同じような指摘を30年以上も前から主張してたのが、松下幸之助さんです。
 松下幸之助さんは、日本ほど山紫水明に恵まれた素晴らしい国はない。日本は観光立国を目指すべきだと説いていました。また、世界平和にも観光は貢献する。観光産業で得た利益を他の産業に投資すれば、日本全体の産業活動も活発になって、工業にとっても良い。と主張されています。

 幸いなことに、観光を担当する国土交通大臣には、私の松下政経塾の1期先輩である、前原誠司さんが大臣に就任されました。前原大臣も松下政経塾創設30周年記念パーティのあいさつで、松下幸之助塾主が訴えていた観光立国に注力すると、おっしゃっていました。

 ひるがえって、所沢においても、観光の重要性はもっと認識されるべきでしょう。特に、昨日も、庁内で、南足柄市の農業委員会の事務局長さんをお迎えしての講演会でも、農業を通じた集客がテーマでした。大変興味深くお話を聞きました。

 所沢市も、観光協会への補助金もいいですが、それ以前に観光基本計画のようなものをしっかりとつくっていく必要があるのではないでしょうか。 

 ちなみに、私の大学時代の後輩Hさんが星野リゾートさんに奉職していて、昨日のちらっとテレビに出ていました。Hさんの能力や人柄からいって、彼にとって、いまの仕事はきっと天職だろうなと余計ないことを考えたりしました。

 
 

2010年02月01日

国には監査請求できない? 

 2月1日付け日本経済新聞の月曜日のコラム 「領空侵犯」 で、千葉大学教授の新藤宗幸氏が、「国民訴訟制度を作れ」と訴えています。
 私も改めて気づいたのですが、確かに、国に対しては監査請求できないのですよね。
 地方自治体に対しては、お金の使い道がおかしいと思えば、監査請求ができます。その結果に不満であれば、さらに行政訴訟を起こすこともできます。
 国の政策や事業によって何か被害を受けた場合には、国家賠償請求というのが可能ですし、行政処分について不服があれば、不服申立審査を請求できますが、いずれもあくまで自分自身が不利益を生じた場合に限られます。

 以前にも、我孫子前市長の福嶋氏が、地方自治は、直接民主制と間接民主制の混合体制であると行強調されていたことをご紹介しましたが、まさに、地方自治体に対して、監査請求ができるという点においても、やはり、直接民主制が担保されているといえるのでしょう。

 じゃあ、国会がしっかりと予算の使い道をチェックしているかといえば、実は、地方議会ほどにはきめ細かにチェックしていないようです。例えば、国の予算委員会を見てもらえればわかるように、実際に議論されている内容は、予算審議というより、政治的な議論が中心になっていますよね。
 地方議員から衆議院議員になった友人とも話をしていたのですが、国会では地方議会のような執行部から提出される予算の目や節まで説明していある「歳出予算説明書」が示されないのです。
 地方議会は一応それぞれの議員が予算項目の全てについて目を通すことが可能です。
 「予算についてはよっぽど地方議会の方がしっかり議論しているよね」ということになりました。
 当然、国の予算は膨大ですから、説明書といっても膨大な量になりますから物理的に無理なんでしょうけど。だから、時々思いついたように、会計検査院が調査をして無駄を指摘するということになります。

 「地方分権の失敗、道州制の不都合」(伊藤敏安 著 幻冬舎ルネッサンス)に、京都府の山田啓二知事が2008年4月16日の読売新聞「論点」に投稿した文章が引用されています。「社会保険庁長官が地方公務員だったら、おそらく今ごろは何十億円かの賠償を求める住民訴訟を起こされているだろう。国とは違って地方自治体には責任を取る体制がある。この違いは住民から見て大きい」

 そういう点からすれば、国に対して監査請求ができることも大事ですが、より多くの国の事業を地方に移管するほうがどうやら早そうです。やっぱり地方分権もとい地域主権は必要ですね。

2010年01月31日

高校における特別支援教育の充実について②

 高校における特別支援教育は、いわゆる特別支援学校では充実しており、おおむね生徒2~3人あたりの先生の数が1名配置されています。
 特に、埼玉県でも発達障害者を主に対象とした特別支援学校もできてきており、私の知り合いのお子さんもその学校を今年の3月に卒業予定であり、無事就職先も決定したようです。

 しかし、そういった特別支援学校は定員も場所も限られており、また、大学への進学と就職を迷っている場合などには、そういった特別の配慮のない一般高校への進学となります。

 埼玉県では「高校においても、発達障害を含む特別な教育的支援を必要としている生徒が在籍していると考えられるにもかかわらず、平成20年9月1日現在、県公立高等学校における校内委員会の設置率は68.8%、特別支援教育コーディネーターの指名状況は63.0%」(今後の埼玉における特別支援教育の推進の方向性について 平成21年3月30日 今後の埼玉の特別支援教育の在り方検討会議より)という状況です。

 平成19年に教育基本法の改正に伴い改正された学校教育法第81条でも「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び中等教育学校においては、次項各号のいずれかに該当する幼児、児童及び生徒その他教育上特別の支援を必要とする幼児、児童及び生徒に対し、文部科学大臣の定めるところにより、障害による学習上又は生活上の困難を克服するための教育を行うものとする。」

 事項には「六  その他障害のある者で、特別支援学級において教育を行うことが適当なもの 」と定義され、「その他障害のある者」に発達障害が含まれました。

 この学校教育法第81条 および 発達障害者支援法 第8条  国及び地方公共団体は、発達障害児(十八歳以上の発達障害者であって高等学校、中等教育学校及び特別支援学校に在学する者を含む。)がその障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるようにするため、適切な教育的支援、支援体制の整備その他必要な措置を講じるものとする。

 によって、高等学校でも特別な配慮を受けられることが法的には担保されているのですが、どうしても、義務教育ではないために、その対応は遅れがちになります。

 いずれにせよ、法律的には保障されているのですから、その条文を現実化させていくためには、「権利のための闘争」(イェーリング)を進めなくてはなりません。

2010年01月30日

高校における特別支援教育の充実について①

 小中学校での学習障害、注意欠陥多動性障害、高機能自閉症などの発達障害を対象にした特別支援教育については所沢市教育委員会でも充実してきている。たとえば、すこやか輝き支援室による個別支援、発達支援コーディネーターの全校配置、発達障害者支援チームの発足、発達障害への小学校の通級指導教教室などである。
 私も、これまで、一般質問で発達障害者支援については何度も取り上げてきている。

 ところが、中学校を卒業して高校へ進む段階になると、支援が届きにくくなる。所沢市としては、18歳までもこどもの支援を総合的に行うこども未来部を創設したこともあって、申し出があればその後の支援はできるようだが、肝心の高校側からの依頼がなくては、動きがとれない。

 最近では、私の身近なケースで、発達障害で、小学校時代から所沢市教育委員会の支援を受けて高校生について、県内でも初めてのケースということで、専門家の先生が本人のアセスメントを行い、たまたまその先生が、所沢市教育委員会に所属する臨床心理士で、本人を知っている方と知り合いだったため、それまでの個別支援内容なども情報交換ができたようだ。

 また、近くの特別支援高校の先生も支援に加わっていただき、本人向けの個別の指導方針を本人を担当する高校の先生方に伝えていただく、学校図書館に特別支援教育の書籍を充実するなどの配慮をさrたという。
 しかし、こういうケースは稀なケースである。

 つづく

2010年01月29日

二元代表制がなくなる?

 2010年01月11日付けのくわけんブログ中の「議員の身分を維持したまま、執行部に登用(中略) この最大のメリットは、議員も財源に責任を持つ議論が基軸となること」について、ある熱心な市民の方から、「執行部に参加し なければ財源に責任が持てないとは、どうも納得がいきません」「(議員が行政に参加することで)行政を監視するという本来的な責務があいまいなものになって しまい、折角の二元代表制が意味を失うのでは」
 というご意見をいただきました。

 ご指摘に対して
 「この点については、おっしゃる通りで、今回の案は地方議会を二元代表制から、議院内閣制に改めるものです。つまり議会内与党が、一定程度執行権を持つという仕組みになります。実はそうなると、私のような無所属議員が居場所がなくなるのも事実です。
そして、民主党の狙いは、地方議会においても、民主党の覇権を拡大しようという意図が見え隠れしています。」

 「実際に、今の私には不利な制度でありますが、正直なところ、現実の政治状況の中で、議員もそれなりに財源に責任を持たせる意味では悪くない制度だと私は考えているので、ご指摘のような発言になりました。」
 
 「私が地方議員をやっているのは少しでも世の中がよりましな方向に向かうことを求めてやっているので、自分が不利になる制度であっても、それが世の中のために良くなることであればそれは進めるべきだというのが私の立場です。」

 と回答いたしました。

 実際は、二元代表制は言葉そのものが出てくるわけではないのですが、日本国憲法で規定されているので、本格的に二元代表制を止めるということは憲法改正にもつながるのでそこまで本格的な改革は行われないとは思いますが、部分的に、議員内閣制的な要素を地方議会にも取り入れていこうということだと思います。
 しつこくて恐縮ですが、やはりオランダのティルブルグ市でも、私がインタビューした議員は、議員として優秀だったために、日本でいうところの副市長的な役割をになわされているようでした。

 先日の議会基本条例を斬るという勉強会では、「これから地方自治法の大改正があるので、それを待ってから議会基本条例を制定してもよいのではないか」という質問があったようですが、いずれにせよ、自分たちの議会のあり方については、国がどうあれ、自己決定をする意欲がないということは、国に好きにしてもらっていいですよと言っているに等しい行為であるということに気づいていただきたいです。

 


 

2010年01月24日

特別委員会設置と法令の自主解釈権

 先日、ある市議会の方が議会基本条例について視察にお見えになりました。
 ご承知のように、所沢市議会では、議会基本条例制定に関する特別委員会を設けて、条例案づくりを行いました。
 ところが、その市の議会事務局は、議会基本条例を作ることを目的とした特別委員会の設置はできないといわれ、特別委員会の設置は断念し、議会運営委員会で素案作りを行うこととなったそうです。

 しかし、現状では特別委員会を設置して議会基本条例制定に取り組んでいる地方議会の例はあまたあり、たとえば、埼玉県さいたま市議会は、「議会改革推進特別委員会」を、愛知県豊田市も「議会基本条例検討特別委員会」、千葉県流山市も「議会基本条例策定特別委員会」を設置していました。

 その議会の方が議会事務局から示されたとされる資料X(出典不明)と、地方自治法の該当箇所を参照すると、
 地方自治法第百九条の二 4  議会運営委員会は、次に掲げる事項に関する調査を行い、議案、陳情等を審査する。
一  議会の運営に関する事項
二  議会の会議規則、委員会に関する条例等に関する事項
三  議長の諮問に関する事項

 とあります。

 その出典不明の資料Xには「議会運営委員会の所管の一部を議会の議決で特別委員会に付託することはできない。」と断言してあります。

 また、標準会議規則(全国都道府県議長会が制定したもので市町村も準じている)においても「ただし常任委員会に係る事件は、議会の議決で特別委員会に付託することができる」と規定しているので、この文章を根拠に、「議会運営委員会の担任事務の一部を特別委員会に任せることになると、議会運営委員会が複数できることになり混乱を招きかねないので、特別委員会に付託できるのは常任委員会の所管に限定したものである」といっています。

 一方で、この資料Xでは、文章の前段で、「現在の議会運営委員会は、本来、常任委員会として設置すべきものであるから」と言っています。

 ちなみに、所沢市の所沢市議会会議規則も、(議案等の説明、質疑及び委員会付託)第36条で、「ただし、常任委員会に係る事件は、議会の議決で特別委員会に付託することができる。」となっています。

 さて、ここで、論点を整理すると、まず、議会基本条例は、先ほどの議会運営委員会の3項目に該当するかどうかという点です。この解釈は分かれると思います。大事なのはこの地方自治法第百九条の二 4項の解釈権がどこにあるかということです。

 地方分権一括法以前であれば、総務省(自治省)にお伺いを立てて、その可否を判断することになるのでしょうが、以後は、法令の自主解釈権があるのですから、地方議会独自の判断ということになります。

 この資料Xは、平成18年の地方自治法改正に言及していますから、ここまで断定的に言いきってしまえるというのはよくわかりませんが、現実運用において、「混乱」は起こらず、むしろ、議会運営委員会から切り離すことで、条例制定がスムーズに行ったのは間違いありません。

 むしろ、議会運営委員会の通常の審議事項に加え、条例制定についての審議も重なってしまうと、議会運営委員会の負担は相当なものになってしまったことでしょう。

 続いての論点としては、標準会議規則の、「常任委員会に係る事件は、議会の議決で特別委員会に付託することができる」という文章です。資料Xの観点では、暗に「常任委員会に係らない事件は、議会の議決で特別委員会に付託することができない」ということを言いたいのでしょう。これは論理的に間違っています。あくまでも、素直に規則を読めば、付託することができるのであって、できないとは規則のどこにも書いていません。この規則の解釈権も当然、地方議会に解釈権があるわけです。

 ましてや、この資料Xでも議会運営委員会は「本来、常任委員会として設置すべきもの」と言っているのですから、自主解釈権によって、議会運営委員会を常任委員会とみなせば、この部分もクリアできます。

 まったく、こういうわけのわからん文書を持ち出してきて説得するというのも、地域主権は遠いなという思いがしますが、いちいちこういったことにも論理的に反駁していくことが、議員にも求められるということです。もちろん、自主解釈の結果の結論であればそれは尊重しますけれど。

 kずれにせよ、せっかくの自主解釈権を有効に活用しましょうね。
 

 


 
 

2010年01月23日

 細川元首相の「私の履歴書」を読んで

 日本経済新聞 平成22年1月の「私の履歴書」は細川元首相が取り上げられている。本人が書いているのか記者がかいているのかはわからないが、当初の期待とははずれてあまりおもしろくない。

 そもそも、細川元首相は、もうこういう場所には出てこずに、陶芸と農業に専念するのかと思っていた。それが、いまさらながらに登場して、じゃあ、もう最後の遺言とばかりに、「本当の話」をしてくれるのかと思ったら、意外な話はほとんどなく、新聞や雑誌に載っていた話をたんたんとなぞるばかりだ。

 いよいよ政権交代も実現して、かつての政権交代で、予算を仕上げないままに、ずるずると自民党の政権復帰を許してしまった過去もこれで精算されて禊が済んだということなのだろうか。
 それとも、日経として、細川元首相を「私の履歴書」として連載することで、それまで私から見れば政権与党よりだった日経が、現政権のご機嫌を取るための人身御供としての連載なのか。

 確かに、現場で政治家からコメントを取る日経の記者にとってみれば、民主党の特に期数を重ねた議員との会話の糸口をつかむには「私の履歴書みていただけましたか」とか「今度、連載まとめてお持ちします」とか、近づく口実にはなるのかもしれない。
 
 文中にもやたら小沢幹事長のことが出てくるのが気にかかる。当然、悪く書かれてはいない。どちらかといえば武村元大蔵大臣や村山元首相が批判的に書かれている。

 それにしても笑ってしまったのは、あのボールペンをさす写真を再録したことだ。本当にあの姿が新しい政治を象徴しているとでも本気で思っていたのだろうか。

 政治から引退して、晴耕雨読、陶芸の日々を送り、政治的な発言を一切しないことにそれなりの好感をもっていたのだが、今ここにきて、このタイミングで登場するのはどういうことなのだろうか?

 民草には理解しにくい人だという印象を改めて抱いた。

2010年01月22日

「史」と「野」

 論語の雍也第六 16 に次の一節があります。

 子(し)曰(いわ)く、質(しつ)、文(ぶん)に勝(か)てば則(すなわ)ち野(や)、
 文(ぶん)、質(しつ)に勝(か)てば則(すなわ)ち史(し)なり。
 文質(ぶんしつ)彬彬(ひんぴん)として、然(しか)る後(のち)に君子(くんし)なり。

 諸橋轍次先生の中国古典名言事典によれば、「文は養って身につけたもの、すなわち後天的な修養で あり、質は天性の質朴誠実で飾りけのないものである。」

 史とは、今でいうインテリで、まあ、一種理性が本能に勝っている感じでしょうか。
 逆に野は、理性より本能が勝っているということになりましょうか。

 史は都会人、野は田舎者ともいえましょう。現実に、現在は田舎であっても田舎者は少なくなってきました。山形の山奥の集落でも子どもたちは携帯ゲームをしながら友人と歩いています。

 安岡正篤先生の「朝の論語」という書物の第6講に、この一節を解説した文章が載っています。
 安岡先生によれば、「文・質に勝って軽薄になるよりは、質・文に勝つほうが確かに望ましいことであります。」と述べられています。

 官僚はあきらかに「史」であります。一方で、政治家はやはり「野」でなくてはいけないと私は考えています。なぜなら政治家は決断をするのが仕事で、決断は論理的に積み上げていっても最後には「エイヤ」と決めなくてはならないからです。「エイヤ」と決めるのに必要になるのが直感力でしょう。直感力の源泉は質から来るものでしょう。

 もちろん一番いいのはその両者がミックスしていることだと孔子は述べているのですが。
 大変失礼ながら、党首討論をみていて、谷垣さんは大変優秀な「史」ではあるのだけど、「野」が少し不足気味かなと思い、かつて感銘を受けたこの一節を思い出したのでした。

 ちなみに、私が楽しみにしている日経ビジネスオンラインの特集「歴史を見る目の作り方」の今日のタイトルがふるっています。
 「アタマの良さより「ど根性」が、歴史を見るには必要です」

 「ど根性」 つまり 「野」ですね。歴史だけでなく政治家も「ど根性」ある人には勝てませんね。

 

2010年01月19日

増税なき財政再建は可能なのか?

 日本の公的債務が天文学的な数字につみあがっていく中、増税をせずして本当に財政再建が可能なのか?そんなことを考えていたら、次の一文を目にした。
 集英社新書 「オバマ・ショック」という本で、越智道雄氏と町山智浩氏という米国に詳しいお二人の対談である。49p。
 以下 引用

 町山 クリントンは赤字を埋めるために増税をしなかった。議会は共和党に支配されてるし、社会全体もニューディールの時代じゃないから
 越智 AFCD(扶養自動手当)の改革に着手したりして、「福祉は労働の対価だ」という方針を打ち出した。民主党政権としては画期的なことです。そうしてクリントンは任期満了時には莫大な財政黒字を残した。

 クリントン元大統領は、どれぐらい残して、どのようにやったのか。

 そのことを紹介している記事を、今度は日経ビジネスオンラインから

 公務員の“改善訓練”で16兆円のコスト削減に成功した国 副題は、統計学的思考で税金の無駄遣いはもっと削減できる。
 
 著者は統計学者の吉田耕作氏

 記事の概要は、さきほどの対談にもあったように、クリントンとゴア副大統領が「2000年には約24兆円の黒字を出すのに成功した」「1995年に民間の業務改善の最良の方法を取り入れるためにNational Performance Review(NPR)が設立され」「NPRは5年間に1770億ドルにのぼる個々のコスト削減を提案し」たそうだ。その背景には、米国のIT革命が同時期に進行していたこともよりコスト削減と税収増を進める要因になったという。

 所沢でも、年間6億円以上のIT投資を行いながら、それによる人員削減効果はほとんどみられないことは市役所の職員の定数がそれほど減っていないことからみてもあきらかです。そういう趣旨の質問をすると帰ってくる答えは、「行政の仕事が増えて、増えた分をIT化で対応しているのです。もし、ITがなければもっと職員が必要になります」ですって。

 やっぱり日本は増税しかないのか?

 

 

2010年01月17日

民族・政治体制・政権

 ある会合で、君が代斉唱の際に起立しない議員がいることについて議論となりました。
 そのことについて文句もよく言われます。別に、わたしが起立しないからということではなく、子供たちが見ているのに、ルールを守らない人がいると教育上良くないということのようです。

 なぜ起立しないのか少し考えてみたいと思います。

 たとえば、なぜ私が起立するかといえば、私は、政治体制として立憲君主制を擁護する立場にあるからです。つまり、天皇制には賛成の立場なので君が代に抵抗感もありません。
 実際に、英国やオランダ、スゥエーデン、デンマークなど、西欧においても立憲君主制の国は多くあります。君主を廃止する共和制や大統領制には反対の立場です。
 君主制のメリットとしては権威と権力のすみ分けができる点にあります。よって政治が安定します。政権の交代ごとに前政権のトップが必ず逮捕されるという状態は私はあまり好きではありません。

 一方、起立しない議員の方々の党派綱領は、議会制民主主義を是認しながらも終局的には別の政治体制を目指しています。
 つまり、現状の政治体制については弁証法的に否定の立場をとっているのです。よく内心の自由を保障するという観点からの説明や説得がなされますが、本来的には、国旗や国歌は、基本的には政治体制を象徴するものですので、現状の政治体制に否定的であるとするなら、起立しないという選択肢はあるでしょう。

 政治体制が変われば、国旗や国歌はかわることが多いです。
 ところが、多くの日本人は、この民族、政治体制、政権の3重構造を理解していない人が多いので、いきおい起立しないことについて疑問を呈します。

 なぜなら、日本は、日本語を主に話す日本民族が、資本主義、自由主義、議会制民主主義に基づく立憲君主国という政治体制で、日本国として成立しているからです。
 ですから、政権交代とは、あくまでも同じ政治体制下における政権の交代にすぎません。

 お隣の朝鮮半島では、同じ民族でありながら、南と北で政治体制が違います。ですから国旗も国歌も違います。つまり、同じ民族であっても、政治体制が違うという選択肢があるということです。
 
 米国や英国などでは、政権交代はあっても、党派として政治体制の変換を訴える党派は議会内に存在していません。
 米国などは最近はそうでないようですが、かつては入国審査の際に、ある党派は入国できないと明記されていました。
 しかし一方でおもしろいのは、憲法上、国民に政府を転覆させる権利(抵抗権)があることを認めていることです。 そのことから民兵(ミリシア)や銃の保持が認められています。

 以上のような観点から、起立しないという行為は政治的な立場からいえば、抵抗権の行使ということになるのだろうかなと分析しています。

 

2010年01月16日

人はなぜ学校で学ぶのか?

 ある同僚議員とお話をしてこの話題になりました。その議員のお知り合いの方が、いわれなきことで行政から被害を受けているということでした。

 その中身については語ることができないのですが、お話をお聞きした範囲でいえば、やはり、世の中のしくみ、というものについての理解が浅いと、被害者になってしまうということでした。

 もちろん、そうしたことが起こらないように世の中の制度を整えていくのが重要なのですが、それ以上に私たちも、よく世の中のしくみというものを勉強しておかなくてはいけません。
 つまり、騙されないように学ぶということが大事なのです。
 
 「砂と霧の家」というアメリカ映画の秀作があります。女性主人公が、税金の滞納を理に住んでいた家を追われ、それによって大きな不幸につながっていきます。

 この主人公が、もし行政のしくみについて理解が深ければ、その先の不幸が防げた可能性があります。そういう時には弁護士に頼めばよいという方もいるかもしれませんが、そもそも、それほど弁護士と接触する機会がない人間が初めて仕事を依頼する場合に、弁護士の良しあしを簡単に判断できません。

 「行政が間違いを起こさないだろう」「弁護士はあんなに難しい試験を受けて合格したのだから誰にお願いしても間違いないだろう」などという安易な考えでは、痛い目にあってしまうこともあります。

 司法とは正義の味方だ、という印象は、さまざまな冤罪事件を通じて必ずしもそうでもなさそうなことが理解されてきたと思うのですが、なかなか自分自身がトラブルに巻き込まれないとわからないとは思います。

 先ほどの映画でも、やはり弁護士に頼むのですがうまくいきません。しかも、苦境に陥っているときには、弁護士費用がなけなしのお金ということになり、さらに状況が深刻化していきます。

 本来であれば、弁護士も、医者のように、民事科 刑事科 行政科 のようにわかれているといいのですが、その弁護士さんにも得意分野があるようです。医者も難しい試験を経ていますが、やはり専門分野があるように、弁護士さんもオールマイティということはあり得ないはずです。

 いずれにせよ、やはり自分の身は自分で守るためにも、勉強はしっかりとしたほうがいいです。いや、学校ではそんなことについて直接学んだことはないぞ、といわれるかもしれませんが、たとえば、国語の授業で、しっかりと本を読む基礎を学べば、多くの知識が本からも得られます。
 
 日本の司法制度や裁判についての実態、本音を垣間見るには、副島隆彦氏と山口宏氏共著の「法律の秘密」「裁判の秘密」がお勧めです。

 勉強は、立身出世、つまりより高い社会的地位を目指すためのものと一面的にとらえられることもありますが、やはり「騙されないために」学ぶということを理解していただきたいです。もちろん、いいかげんなことを言っている政治家に騙されないためにもです。

 以前にもお話したことがあるかもしれませんが、ある勉強が嫌いだという女性と一緒に仕事をさせていただいたことがあり、その方に「勉強は人にだまされないためにするんだよ」と聞いてすごくびっくりされたことがあります。その後、その方は、その言葉で、初めて勉強する意味がわかったといきなり猛勉強をはじめて、さらに上の学校に自ら進学され、無事就職もされました。

 しかし、本来的には、社会が正直者がばかをみないようなしくみになっていることが、一番重要なのではありますが。
 

2010年01月13日

お金の使い方は正しくなければいけないけれど

 先日、非営利団体のお金の集め方や使い道をどこまで厳密に処理すべきかという議論になりました。
私も常々、市の補助団体に対する厳正な対応を求めてきています。

 例えば、市から100万円単位の補助が出ている団体については会計報告などをしっかり行っていただく必要があります。
 しかし、全体の予算規模が10万以下の団体における、お金の使い道は、あまり厳正に処理しすぎると、会計担当者の負担が重くなり、かえってやる気をそいでしまうケースもあります。

 その辺の金額がいくらぐらいかは議論の残るところですが、たとえば、消耗品なども、市からの補助金が出ている場合は、いちいち1円単位で個別に領収書を取らなくてはいけません。
 間違って、まとめ買いした場合は、領収書を取りなおさなくてはなりません。いきおい、自腹でとなってしまうこともあるそうです。

 地方自治法第12条14項では、最小の経費で最大の成果を挙げることがうたわれていますが、時間も経費だとすると、領収書を取る手間を考えるなら、一定程度渡し切りにする場合が最小の経費で最大の成果かもしれません。

 あまり、結論のでている話でもないのですが、支出する側の事情もある程度理解しているだけに悩ましい問題です。

2010年01月12日

日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは

 昨年(平成22年)12月19日(土)に、池袋ジュンク堂で開催された、佐藤優氏の講演会に参加した。佐藤優氏の本は大抵読んでいる私としては、生の著者に会えるということで大変楽しみにしていた。
 
 やはり書かれている内容も重要だが、どんな声をしているかを確認するというのが重要な作業である。特にテレビメディアにはほとんど佐藤氏は登場しないし、講演もそれほど頻繁になされていないようなので、声をチェックする機会がなかったからだ。

 声の判断基準は、声の質と同時にしゃべり方のクセのようなものも含めてのものだ。
 想像ではもっと低音な声かと思ったが意外に甲高い声であった。

 生著者の声を聞くと、その後同じ著者の文書を読んでも、印象が違ってくることもあるが、今回はあまりそういうことはなかった。  

 このプラチナチケットは、友人がわざわざ確保してくれたものだ。この場を借りて感謝申し上げます。

 さて、その時の講演内容であるが、文藝春秋 2010年2月号に佐藤氏が書かれた内容を枕に話が進んだ。ちょうど原稿を執筆中の講演だったのだろうか。
 当然ながら、講演は、さらに神学との関連について話が展開したので、その記事がそのまま講演内容と重なるということではない。

 佐藤氏から紹介があったのは、ティモシー・ライバック著 「ヒトラーの秘密蔵書」という本で、ヒトラーの蔵書から、その思想遍歴や人物像をとらえようとする著作だ。
 解説を佐藤氏が文藝春秋に執筆している。
 この本の要約も掲載されている。要約によれば、ヒトラーは、ロシアからの攻撃に耐え抜き、ロシアのエリザベータ女王の急死によって停戦を勝ち取ったフリードリッヒ大王の伝記を敗戦が濃厚になってからむさぼり読んだそうだ。
 そして、米国大統領ルーズベルトの死去により、「ついに奇跡が起こった」と大喜びした。しかし、フリードリッヒ大王のような奇跡は起こらなかったのはご承知のとおりである。

 日本も終戦末期、蒙古襲来になぞらえて「神風」が吹くことを期待したが結局吹かなかった。
 ドイツでもそのような期待があったことを初めて知った。

 私たちは謙虚に歴史から学ばなくてはいけないが、歴史に期待してはいけないということなのだろう。
 
 

2010年01月11日

地方自治法抜本改正?

 本日付け日本経済新聞社の記事によれば、地方自治法の抜本改正がおこなわれるとのこと。
 ニュースソースがはっきりしないので、こういう方向性に誘導させたいという意図をもった記事と思われます。
 しかし、書かれている中身については、私としては歓迎する内容。っていうかもう欧米では!常識であり、何をいまさらの感もあります。
 抜本改正の柱は、なんといっても議会からも、執行部に人を送ること。私が、以前視察で訪れたオランダティルブルグ市でも、予算だけでなく、日常業務の決済権が、議会の委員会にあるようでした。議員が月曜日に役所にでかけて、決済をするのです。

 オランダ ティルブルグ市視察報告はこちら

 日本でも一部には、議員からかつての助役いまの副市長ですが、選任するケースがあったようです。どちらかというと、議会のお目付け役として執行部に取り込むという例が多かったような気もしますが。
 今回の法制度化では、これまでだと一旦議員を辞めないと執行部側の職員になれなかったのですが、議員の身分を維持したまま、執行部に登用されるということです。
 副市長ばかりでなく、部局のトップ、たとえば部長などにも議員から登用されるようです。
 この最大のメリットは、議員も財源に責任を持つ議論が基軸となることです。また、行政にかかわりたい優秀な人物が、議会に増える可能性もあります。
 デメリットは、政治的な思惑や配慮で適材適所の人材が登用されないと、行政が混乱することです。 

 日経の記事で気になったのが、新制度導入によって、「地方議会も2大政党化が進む」というくだりです。それによって、活発な議論につながる。この辺は疑問符です。
 しかし、活発な議論が行われていなかったのも事実なので、その点は大いに反省すべきでしょう。
 わたしなども、一問一答になってからますます張り切ってやっています。当然、がんばってるねとおほめの言葉もいただくのですが、議場は裁判所ではないといわれることもあります。
 
 活発な議論と簡単に言いますが、それぞれ市民の方のイメージもありますから、法制度化したからすぐ何かが変わるということにはならないでしょう。しくみを変えたからすぐ内実は変わるというものではないのです。

 いずれにせよ、地方議会自らが自己変革をしていかないと、結局、地域主権と言いながら国のというより、政権与党のいいように、地方制度も変えられてしまいます。
 所沢市議会も、更なる自己改革を目指していかなくてはいけないと新たに決意した次第です。

 


 


 
 

2010年01月10日

キャリア官僚が中学校長に

 本日付朝日新聞に、文部科学省キャリア官僚から東京都品川区立大崎中学校校長に転身した 浅田和伸さんのことが紹介されていた。
 御本人は、官僚をやめてではなく出向の形での赴任だそうだ。それでも、こうしたキャリア官僚の方が教育行政ではなく現場に出向かれるというのは大いに結構なことだと思います。

 また、こうした人を受け入れられる品川区教育委員会も大したものです。

 そのインタビュー記事で最も目を引いたのが以下の個所です。

 40人学級について
 「霞が関の人たちにそう言うと、よく「オレたちの頃は60人だった」とか「オレが通っていた私立○○中学では50人学級だったが、問題なかった」といわれる。中央省庁は中高一貫の私学出身者が多く(そして国立中高も多い:筆者注)現在の公立校の状況をあまり知らないんじゃないかと感じることもある」

 そうですね。このコメントに今の公教育の問題が凝縮しているような気がしますね。

 私も松下政経塾に入ったとき、労働体験ということで、広島県府中市の自動車部品を作る鋳物工場で2ヶ月お世話になりました。
 松下政経塾は、設立当初から、労働体験がカリキュラムにあり、当初は松下電器で工場実習と販売店実習がカリキュラムにありました。
 
 現場を知っていることが日本企業や社会の強みでしたし、メーカーなどは、大学卒の新入社員を現場で働かせることで、通過儀礼としていたのですが、最近はそうでもないんでしょうね。

  話が違う方向に行ってしまいましたが、自分は安全圏にいて人にはいやなことをやらせる人が増える社会は確実にダメな社会であることは声を大にして言いたいと思います。

2010年01月08日

戦前と戦後の官僚機構の連続性について

以前紹介した、松下圭一法学論集「国会内閣制の基礎理論」(岩波書店)まえがきに、以下のように記述されています。

 「敗戦後、ドイツでの直接占領方式とは異なり、戦前日本の行政機構・官僚組織を解体せず、これをつかいこなそうとしたアメリカ占領軍の間接占領方式のため、日本の戦争責任問題がアイマイになっただけではなく、日本国憲法制定後もいわゆる「戦後民主主義」の(外装〉にかくされて、戦前型の官僚内閣制は持続してしまった。」

 この文章にふむふむと思っていたところ、今日の日経ビジネスオンライン「歴史の見る目のつくりかた」という記事での加藤陽子東大教授とノンフィクション作家山岡 淳一郎氏との対談でも同じような趣旨の発言があった。
 
 以下引用

 「山岡 ひょっとすると日本政府の中枢には、戦前からずっと同じ意識がつながっているんじゃないだろうか、ということです。我々はつい1945年、敗戦の年が1つの区切りになって、新しい体制ができたと思いがちですが、政府の中枢には、「重要な情報は、自分たちが握っておく。依らしむべし、知らしむべからず」という意識が連綿と続いていたのかなと」
 これに対して
 「加藤 その官僚という視点で切ると、田中角栄の「新しい人」ぶりがよく分かります。佐藤や岸や吉田がすべて戦前のエリート、外務官僚や通産官僚、満州国の官僚ですね。そういう人がやっているときに、彼は一からよじ登ってきた。彼が首相に就く1970年代まで、がっちりと日本の中枢を握っていたのは、やっぱり戦前からの総力戦体制官僚だった。 」
 さらに
 「山岡 そうですね。極端な言い方をすると、確かに軍隊はなくなった、天皇制も変わった、しかし官僚は生き続けたという。 」

 結局、今回の政権交代の歴史的意義は、ここにおいてようやく戦前からの官僚機構の解体がやっと行われるということになるのでしょうかね。しかも、それが、田中角栄の一番弟子である、小沢一郎氏によって成し遂げられるという点に、歴史というものの凄味を感じざるをえません。

 

2010年01月07日

エネファームの話で盛り上がる

今日は、消防団員でもあり、ガス会社にお勤めのDさんと、エネファームの話で盛り上がりました。

私は、どちからというとガス派で、家の暖房も風呂もすべてガスです。
なぜなら、ガスは原油に比べ埋蔵量が多いことと、埋蔵量が約200年分ある石炭からも生産が可能なことなど、ゆくゆくはガスが中心になると考えているからです。

エネファームとは、ガスから水素を取り出し 酸素と反応させて発電するシステムで、発電時の排熱を給湯に利用できるコージェネレーションシステムのことである。(出典はいつもながらwikiです)

エネファームについてはこちら

ちょうど、昨日のテレビ東京ワールドビジネスサテライトでも、日本の技術力の素晴らしさの例としてエネファームが取り上げられていた。異なる企業同士が、立場を超えて協力しあい、それまでコストが約1000万円かかっていたものを350万円まで値下げしたというものです。

私は公団の団地住まいですから、エネファームを設置することはちょっと厳しいようですが、国からも補助が上限140万円ですが出ますし、所沢市でもエネファームに補助もでますので(1万円ですけど)、二酸化炭素排出抑制のためにもおすすめです。

 25%二酸化炭素排出削減のためには、産業部門の効率化は世界トップクラスですから、家庭部門の二酸化炭素排出抑制をメインにすすめるしかありません。
 
 日経新聞によれば、「欧州連合(EU)は2021年以降に新築する住宅やオフィスビルなどについて原則として、二酸化炭素(CO2)を実質的に排出しない「エコ建築物」とするよう義務付ける規制を導入する。建築物はEU域内のCO2排出量の約4割を占め、抜本策が不可欠と判断した。」とのことです。

 家庭部門の二酸化炭素排出抑制に関連する産業が発展すれば、同時に世界的な産業競争力も高まり新市場も生まれるのですから、ダムなど土木建設関連への投資から、即刻家庭エネルギー効率化へ投資を切り替えていく必要があります。

 所沢市でも上限1万円というのはちょっと足りない気がします。埼玉県戸田市では上限20万円だそうですから、財政厳しい折ですが、補助額値上げを実現できるといいのですが。


 

2010年01月06日

電気自動車の時代はやってくるのか?

 今年に入ってからのメディアの話題はやはり電気自動車のようです。昨日もTV東京「ガイアの夜明け」では電気自動車特集でしたし、今週(1月12日号)の週刊SPAの神足祐司のニュースコラム「これは事件だ」でも、電気自動車について紹介していました。
 電気自動車は当分先で、まずはハイブリッド車、そして水素燃料電池車、最後に電気自動車かと思っていましたが、神足氏の記事によれば、インタビューに答えているモータージャーナリストの舘内が「その水素は分子が非常に小さいから、金属の中にまで侵入し、水素脆性を起こす・・・水素ステーションは1基3億円、3年でパイプ交換」などの事実を羅列し、「水素は23世紀まで無理」とのことだそうです。
 ガイアの夜明けでも、三菱の「i・MiEV」を採用しているタクシー会社の社長さんが、「もうこれからは電気自動車しか導入しない」「燃費がLPGの10分の1」と答えていましたし。先ほどの舘内氏も「EV(電気自動車)は夜間電力で1㎞=1円。大阪まで走って600円。気体水素の場合9,192円、ガソリンでも6,600円」とのことです。
 どうやら、移動に伴うコストは10分の1というのは、あながち間違っていないようです。
 重い荷物を運ぶ場合には、電気自動車の限界があるのかもしれませんが、人間を乗せて近距離を移動する分には、どうやら電気自動車に分があるようです。
 さらに、ガソリンエンジンの致命的な欠点は、やはり排気ガスに様々な化学物質が含まれていることでしょう。不完全燃焼を起こした場合は、事態はさらに深刻です。

 では、なぜこれほど優位性のある電気自動車が普及してこなかったかといえば、答えは電池がそれだけの性能がなかったということにつきるのでしょう。
 「ハイブリッド」 (文春新書) 木野 龍逸 著を読みますと、やはり電池の開発が難航したことが語られています。
 私も、一度おもしろがってH社のハイブリッドカーをレンタカーで借りたことがあります。家族の評判はさんざんで、それというのも、ちょうど後部座席の真ん中の席が電池収納スペースの上部にあるため、一段高くなっていて頭が天井にくっつきそうで、座り心地が大変悪かったのです。気のせいかもしれませんが、運転が長時間にわたると、なんとなくシートが電池の放熱のせいか暖かくなりました。

 電池製造は、意外とローテクなところがあって、基本的には粉体を加工して作成します。私も土壌を扱った経験があるのでなんとなくわかるのですが、粉体は成分を均一にするのが難しいんです。粉体技術の進歩=電池の進歩なんでしょうね。
 
 残念ながら、私のように、団地に住んでいると、駐車場と家が離れてますし、駐車場には充電設備もないので、生ゴミ処理のコンポスターと電気自動車は導入できないのですが。
 
 
 

2010年01月05日

官僚内閣制から国会内閣制へ

 昨年10月に出版された、法政大学名誉教授で政治学者の松下圭一氏の「国会内閣制の基礎理論」(岩波書店)をこの正月に読んだ。(全部じゃないよ)
 本の帯には、「官僚内閣制から国会内閣制へ」とかかれている。
 内容は、これまでに松下先生がおっしゃっていたことが中心となっている。
 「まえがき」がおもしろい。松下先生が唱えてきた官僚内閣制の転換が政権交代によって、その端緒についたことを受けて、その期待とよろこびと熱狂が文章にみなぎっている。

 最近では、官僚内閣制という言葉は、馴染み深い言葉となっている。たとえば、本日の朝日新聞2面、福嶋我孫子前市長のコメントでも「国政は政権交代でかわりつつある。議員が官僚と結びついた官僚内閣制から、国民の意思を反映させる本来の議員内閣制に近づこうとしている」と現状を分析しながら、述べている。
 やはり昨日の小沢一郎氏をゲストに迎えたTV番組、カンブリア宮殿でもしかり。まさに、官僚内閣制の打倒こそが、「無血革命」(昨日の同TV番組での小沢氏の発言)だったのだ。

 私も知らなかったが、この官僚内閣制という言葉を造語したのは、松下圭一先生だという。
 同書まえがきから、少し長いが引用しよう。「今日ではひろく使われている≪官僚内閣制≫という言葉を造語して、一九九八年、本書第8論考「官僚内閣制から国会内閣制へ」を書いた。時代の新しい課題は新しい言葉を必要とするからである。その後一〇年を経て、この予測はようやく≪政権交替≫をチャンスとしながら、(中略)日本の政治現実にのぼってきた。」
 
 ちなみに、所沢市だって、これまでは、議員と執行部との関係もプチ官僚内閣制であったといえなくもない。一番象徴的なのは、議場における議論である。
 議会制民主主義の本来の姿からすれば、特に本会議場での議論は、選挙で選ばれた市長と、議員のみのはずで、せいぜい議会の同意人事である、副市長や水道事業管理者までで、本来部長などは、地方自治法でいうところの市長の、補助機関にすぎない。(ちなみに日本国憲法でいうところの公務員というのも、公選職が前提である。)
 本来であれば、そういう意味からいっても、多少コストはかかっても副市長は3名ぐらいいてもいいと思う。しかも、地方自治法の改正(第153条、第167条)で、市長が権限委譲すれば副市長が最終的な責任者と位置づけることが可能になった。
 
 所沢市の姉妹都市である、韓国安養(アニャン)市も、部長席は、市長と議員に対して垂直に配置されていた。
 また、一般質問や議案質疑にしても、事前の意見交換は否定しないが、予定調和的な質問と答弁も改めていくべきであろう。やはり、特に本会議場においては、議員同士も含めて、政治家と政治家とのひたむきな議論がもっとなければならない。

 国政における、官僚内閣制から国会内閣制への移行に伴い、地方議会もますます執行部との関係をたとえば、議場における答弁の在り方を含めて変えていかなくてはいけない。

 

2010年01月04日

みんながお客さんになってしまう社会

 今日、あるお店に行ったら、そこのお店の公衆電話で怖い顔をした男の方が、公衆電話に向かって、「責任者を出せ」とどなっていた。
 「ああ、またか」と思いました。最近はこういう方が多い。
 事情がわからないのでなんとも言えないが、きっとその方もどなたが相手かはわかりませんが、あまりにもお粗末な対応にブチ切れてしまったのだと思う。
 こういった場合、まず責任者は出てこない。いちいち責任者が出てくるほど、責任者もヒマではない。
 それぐらい苦情は多いし、手違いやミスも多い。私も本当にびっくりするような手違いやミスに遭遇することが多い。10年ぐらい前までは、「何を教育しているんだ、お宅の会社は」などと、私もどなってみたりしたが、最近はそもそも、ミスをした人も、ミスの対応者もその会社の正社員でもないことも多いらしいことがわかっているし、教育にもお金をかけていないだろうから、怒ったところで意味もないし、むしろ「安い時給でたいへんだなあ」と同情が沸き起こる程度である。
 それほどまでに日本の社会の基礎的な部分がすっかり弱ってきている。
 
 こういったどぎついクレームが、お金のやり取りの関係のある、生産者、サービス供給者と消費者間でなされるならまだわかるが、びっくりするのが、お金のやり取りではない関係でも、消費者の立場にたってクレームをつけられてしまうことである。たとえば、学校と、生徒、学校と、保護者との関係。こうした場面にもサービスの供給者と消費者の関係を持ち込んでしまう。

 確かに、学校教育も一種の行政サービスと言えなくもない。「税金も払っているのだから当たり前だ」という議論も成り立つ。
 しかし、実は、所沢市の場合でも、納税額より、受けている教育サービスの金額のほうが大きいご家庭が大半である。払っている以上の対価を得ているのが義務教育である。このことは、たとえば、私立高校や私立大学の授業料を考えてみれば容易に理解いただけると思う。

 平成18年度「子どもの学習費調査」(文部科学省)によれば、私立高校の授業料と学校納付金等を足し合わせると、約54万円。ここから類推して、義務教育も一人当たりこれぐらいのコストがかかっているとしましょう。さらに、ここに、義務教育の場合は給食費補助も加わります。給食代はほぼ原材料費見合でしか支払っていませんが、実は1食に換算すると700円ぐらいの補助が市から出ています。年間約200日として、約14万円が給食費としてかかっているので、約59万円。
 
 所沢市の世帯当たりの年間納税額(社会保険や消費税はここではいちおう除きますよ)は、平成20年度市税概要によれば、個人市民税が21万6千円。固定資産税が15万円。これに所得税や県民税を加えても、50万円には達しません。おそらく、子育て世代は、扶養控除もあるので、世帯納税額も平均より低いはず。さらに、2人以上のお子さんを義務教育で育てている世帯は、明らかに、払っている以上の教育サービスを受けていることは間違いありません。

 もちろん、税金は、教育以外にも使われています。つまり、払っている以上のサービスを受けていることを理解してください。まあ、あまりこういった何でもお金に換算して考えること自体があまりよろしくないことだと思いますが。
 そして、何といっても、教育は、教師と生徒が対等ではあり得ない。モノやサービスの供給者と消費者との関係は、消費者が優位となる垂直の関係ですが、教育は、教師と生徒との関係において先生が優位(別に先生がいばるということではありませんよ)に立っていなければそもそも教育は成り立たない。
 また、忘れてはいけないのは、教育を受ける権利と受けさせる義務があるということ。ということは、親や生徒が、単なる教育サービスの受け手として、受け身であってはいけないということ。親も生徒も学校を先生と一緒になって盛りたてていく義務があるということ。
 私の場合は、PTAや花壇整備の活動などでささやかに協力してきた。PTAでびっくりするのは、たとえば体育祭の際の自転車整理や、音楽祭の会場整理などで、お客さん気分で見に来る保護者が散見される。注意するとキレられたり、対応がなっていないと苦情が出たりする。PTAも、別に保護者に金銭をいただいてサービスしているわけではなく、あくまでボランティアなのだ。
 それでもPTAなどは、年に数回だが、こんな感じで、先生達はさまざまな苦情対応に疲れきっているのではないかと、容易に想像がつく。

 世の中をよくする一つの方法は、少なくとも義務教育の場である学校を保護者や生徒もお客さん気分ではなくいっしょになって、良くしていくこと。ここから始めなくてどこから始めるというのだろう。

 
 

 

2010年01月03日

医薬品開発の現場から

 昨日の続きです。今度は、私の小中高大の友人、O氏との会話からです。O氏とは大学の学部、といっても私の卒業した大学では学類というのですが、そこも一緒ということです。ちなみに彼は現役合格で私は1年浪人したので、大学では先輩でした。

 O氏は、薬の研究開発者で、骨粗鬆症の薬剤の開発に従事していました。そのかたわら、薬剤開発に伴う実験動物の倫理というテーマで博士号をとっています。私にとっては、特に生物学全般の先生です。

 くわけん 日本は、ES細胞(やiPS細胞)の研究では先行しているようだけど
 O氏   当初はそうだったけど、米国は人間への応用のための実験をしているので、この分野も山中先生が頑張っているけど、結局米国の後塵を拝することになると思うよ。

 くわけん 日本が科学技術で生きていくためにはどうすればいいかな
 O氏    やっぱり、大学院の授業は基本的に英語にしないとまずいね。それで、世界から優秀な人材を呼び込まないと。

 くわけん 医薬品の開発は今後どのように進むのかな?
 O氏   ヒトの遺伝子の解明がすすめば、それぞれのヒトにとって効く薬と効かない薬がはっきりするケースが増えてきているよ。たとえば肺がんの治療薬であるイレッサは、効果のある人が限定されているから。最近では、抗がん剤などで、遺伝子検査を経た後に投薬するというケースが増えてきている。この技術が進歩すれば、医療費の削減にもつながっていくだろうね。

 くわけん 医薬品の後発品(ジェネリック)はどうなの。
 O氏   ほとんど大丈夫だと思うけど、製品の品質管理に投じてている金額が違うので、確率的には不良品に当たる確率は高いとはいえるね。結局正規品が高い理由のひとつに、品質管理にコストをかけていることもあるんだ。

 ということで、本当はもっとおもしろいお話も聞いたのですが、オフレコの話も多かったのでこのへんで。
 

 
 

2010年01月02日

スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?

年末、私の小中高大の友人であり医薬品研究開発者のO氏と、二人の共通の知人である、O君と3人で久しぶりに会いました。O氏の話もいつもながら難しいことをわかりやすく説明していただきました。この話はのちに譲るとして、今日は、長年スリランカ和平にかかわってきたO君とのやりとりからご紹介します。(O君は日本人です)

注 スリランカは、国内多数派のシンハラと、少数派で、南部インドからのちに英国によって連れてこられたタミルとで内戦が起っていた。さまざまなNGO、NPOがこの二者の和平を目指して活動していたが、最終的には、現在のスリランカ政権が北部のタミル拠点を軍事占拠し、最高指導者の死亡により、事実上内戦終結宣言が出される。(スリランカについてのwikiはこちら

 くわけん 結局、スリランカの内戦終結は、武力によって成し遂げられたということか?
 O君   結果的にはそうなりますね。
 くわけん いろんな国際NGO、NPO(以下NGO)が平和的な話し合いによる和平実現を目指していったんは合意したはずなのにね。そして、多くのNGOが、言い方はわるいけど、和平をネタに、先進国からお金を集めていたよね。そういうNGOは今後は、たいへんだね。
 O君   そうですね。
 くわけん なぜ、今になってスリランカ政府軍はこんなに武力を増強することができたの?
 O君   中国の軍事援助といわれています。
 くわけん なるほど、インド包囲網の一環として、中国はスリランカに目を向けたということか。
 O君   スリランカに中国は万人単位の人を送って、インフラ整備などを支援しているようですよ。
 くわけん 大国のパワーゲームの変化(つまり中国の台頭)がスリランカに和平をもらたしたということか。何とも残念かつ皮肉なことだね。国家にも、数学的に言うと、独立変数国家(つまり、自国の運命をある程度自己決定できる国)と従属変数国家があるということかな。日本はどっちなんだろう。「普通の国」を目指すということは、従属変数国家から独立変数国家を目指すということなのかな?

 私も、1990年にスリランカを訪問したことがあります。スリランカは、大変きれいな国で、2000年前に、つまり我々がまだ、弥生時代だったころに、すでにダムとダム湖で灌漑をおこなっていた国です。
 上座部仏教(いわゆる小乗仏教)はインドからスリランカを経由して、世界に伝わったといわれています。かつてはスリランカも、大乗仏教と併存していた時代がありましたが、いまは、大乗仏教は廃れてしまったようです。
 
 ちなみに、独立変数国家と従属変数国家ですが、国家としては独立変数国家のほうが、いいような気もしますが、独立変数国家の国民の幸せの平均値は、従属変数国家に比べて必ずしも高くなさそうだというのが悩ましい点です。
 

2010年01月01日

自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?

 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくご指導お願い申し上げます。

 さて、下記の文章は、日刊新民報に寄稿した文章です。
 テーマは自治基本条例についてです。
 今年は、自治基本条例と、総合計画の基本構想+基本計画が議決事項として
 議会に上程されます。

 以下 本文です。

今年は、順調にすすめば所沢市では(仮称)まち
づくり基本条例(以下自治基本条例)が制定されます。先日も私の近所の公民館でパブリックインボルブメントが行われていました。ちょうど、同じ時間に別の行事も控えており、その行事の主催者の一人でもあったので、開始前のわずかな時間に旧知の市民委員をされている方とお話をさせていただきました。

 率直にいって、これまで、自治基本条例については、自分なりにどうあるべきかという像が描けていなかったので、議会内で議論が行われていた際にもあまり積極的ではありませんでした。反省しています。
 しかし、昨年来の議会基本条例の制定に特別委員長として関わり、その後、議会基本条例について、所沢市に視察にこられる方々への説明、あるいは、全国市議会議長会研究フォーラムなどでの発表などを通じて、基本条例いかにあるべきか、について必要に迫られ重ねて勉強をしていくなかで、自治基本条例についてもいかにあるべきかという点がおぼろげながらに見えてきました。

 基本的には、本年9月に予定されている、議会への上程を待って議論をすべきでありますが、自分の考えをまとめる意味でも、自治基本条例がいかにあるべきかについて広く市民の皆様にも一緒にお考えいただきたいと思い、先日少し話し足りなかった点も踏まえて、書かせていただきます。
ただし、今回は、現状の議論をあまり踏まえずに書かせていただきましたので、既にそういった議論がなされているのでしたら、ご容赦ください。

基本条例の最大の役割は、徴税権力の抑制にあり

 いまなぜ自治基本条例が必要かを、2000年の地方分権改革に貢献した行政学者の方々の見解にしたがって整理すると、「国からの団体自治は、機関委任事務の廃止や、国地方等紛争処理委員会の創設などにより分権改革でほぼ成し遂げた。残るのは住民自治である。
 この住民自治は、住民が主体的に取り組んで欲しい。住民自治を本格的に実現するには、自治基本条例で自治のあり方を住民によって再定義して欲しい。」ということだと私は理解しています。しかし、一方で自治基本条例は、自治体の憲法ともいわれています。そうであるなら、行政学者の見解を超えて「憲法とは何か」から考えていく必要があります。
では、憲法は何のためにあるのか。通説に従えば、憲法とは、「憲法によって政治権力を拘束する」ものといわれています。その立場に立つなら、所沢市自治基本条例も、所沢市という地方公共団体(以下、所沢市という)の権力を抑制するということが、第一に重要な論点と思われます。 
なかでも一番抑制すべきは、税金を徴収する権力、つまり徴税権力です。日本に限らず徴税権力は強大です。ご承知の通り、国税徴収法により税金の取り立ては、民事とは違い、裁判によらず直接執行できることになっています。アル・カポネを刑務所に送り込
んだのも殺人などではなく、脱税の罪でした。ですから、脱税をした脳科学者は本来公共放送では即座にレギュラー司会者を降りなくてはいけないはずなのです。
1215年に王の権力を抑制する目的で英国で制定され、憲法の起源とされているマグナカルタ(大憲章)でも、第12条で王の決定だけでは戦争協力金などの名目で税金を集めることができないと徴税権の抑制が定められています。第38条では、自由なイングランドの民は国法か裁判によらなければ自由や生命、財産をおかされないとしています。(ウイキペディア「マグナカルタ」より)  
マグナカルタでは、徴税権の抑制と並んで、個人の財産権の保障が憲法の重要なテーマとなっています。個人の財産権は、日本国憲法第29条にも保障されているところです。
 

経常比率制限条項を

住民による徴税権の抑制の例としてよく知られているのが、カリフォルニア州の州民が住民提案で成し遂げた「提案13号(プロポジション13)」と呼ばれるカリフォルニア州憲法改正提案です。ここではその詳細をご紹介することはできませんが、「固定資産税の最高額は時価の1%を超えてはならない、不動産に関しては、いかなる新税も認められない、市町村などの地方政府は地区有権者の2/3の承認がなければ特別の税を課することができない」などが提案されており、カリフォルニア州民の直接住民投票により特票率64.8%、得票総数400万票以上という圧倒的多数で可決されました。
 このカリフォルニアの例は極端ですし、日本では地方公共団体の課税自主権は制約されていますので、実際の自治基本条例では、徴税権力の抑制より、無駄遣いをさせない条項や、財政規律を所沢市に課するための条項の方が現実的でしょう。
 例えば、流山市の自治基本条例では、第23条5項(財政運営)に「市長は、歳入における市税の2割を超える地方債を発行する事業を実施する場合は、市民投票などの多様な方法によって必ず市民に意見を求め、その結果を尊重しなければなりません」と数値目標も掲げています。
 具体的には、流山市のように市債発行制限条項や、「歳出予算の経常経費比率が8割を超えてはならない」、といった条項を加えてもいいでしょう。どうしても所沢市に限らず行政は、施設の建設でも、維持管理コストを考慮しない体質が身にしみついています。本年竣工する中央公民館も図書館などと合わせ、なんと年間約5,000万円の維持費がかかることが議会で明らかにされました。これも建設にあたって、維持管理コストについての配慮があまりなされていなかったことの証左でしょう。
経常経費の抑制条項があれば、まさに経常経費の代表ともいえる、維持管理費にもより一層注意を払うようになるのではないでしょうか。
基本条例ということなので、8割という具体的数字は抜いて、経常経費比率を抑制することにつとめるものとする、といった表現でもかまいませんが。いずれにせよ、なんらかの経常経費に関する歳出抑制の条文は必要になるのではないでしょうか。

予算を伴う事業はすべからく条例にもとづくべきか

 もう一つの論点が、条例制定についての原則です。例えば、国の場合は米軍へのおもいやり予算を別として、一応法律の裏付けにもとづき予算が支出されています。
 ところが所沢市の場合、条例の裏付けのない予算事業が結構あります。例えば、高齢者介護をなさっている家族に対する手当は、条例に基づかず要綱によって支出しています。
これまでの代表的な考え方としては、市民に支出を求める、義務を課す、不利益となる、権利を制限する行為については条例を制定すべきであるということでした(侵害留保説)。
 本来的な意味での住民自治を求めるなら、権利制限以外についても条例化を図っていく方が行政の透明性が図られることになります。もっとも、予算事業すべてに条例の裏付けを求めるとなると、行政の機動性が失われる可能性も指摘できます。条例の量が増大して、どこに何が書かれているか探すのが大変になります。
 残念ながら、議会も通年議会ではありませんので、緊急な予算の執行のために、条例をいちいち可決して同時に予算を可決するというのでは、ちょっと大変です。
総合計画に位置づけられていない予算も多くあります。一般会計歳出の830億円のうち、総合計画に基づく支出が約300億円しかないことが議会で明らかにされました。
 ですから、「予算支出にあたっては、条例もしくは総合計画に基づくこと」という条項は検討されてもいいかもしれません。

より一層重要性をます情報公開

徴税権や税金の無駄遣いを抑制するために必要となるのが情報公開です。例えば、無駄使いを指摘しようにも、情報公開がなければ無駄使いの実態をつかむことはできません

情報公開は請求に基づき公開するという消極的な姿勢ではいけません。12月議会でも、平成17年度以前の行政評価表がかつてはホームページ上で公開されていたにもかかわらず、ホームページリニューアル後に削除されてしまったので、再公開を求めました。
 別に何か隠そうという意図はなかったのしれませんが、行政に関わる情報をしっかり記録することと、求めがなくとも積極的に公開していく姿勢が必要です。この点もなんらかの条項として明記する必要があるでしょう。
また、情報公開とセットで議論しなければならないのが個人情報保護の問題です。私は、個人情報保護以上に重要なのが、だれが個人情報を入手しようとしたかその記録を残すことがより一層重要です。住民票に記載されている事項などの住民基本情報は現在では情報システムで管理運営されています。技術的には、いつ、誰が、どの情報を入手しようとしたかを記録することが可能となっています。韓国では自分の個人情報を誰がいつどのように入手しようとしたかについての情報の公開請求ができるようになっています。
日本でも技術的には可能です。自治基本条例にも「自分の基本情報にいつ、誰が閲覧したか(アクセス)を知る権利があり、アクセス情報が入手できるよう環境を整備する」といった個人情報に対するアクセス開示請求を求める条項も必要になるでしょう。


よく執行部は「住民の行政サービス需要が増大している」と言いますが、どこでどれだけ、どのくらい行政サービス需要が増大しているかを把握するためにも情報公開は必須です。地方分権の進展に従い、これからは課税自主権も拡大していくことも予想されます。もしそうなった場合、場合によっては、カリフォルニア州のように、市民の直接請求によって、徴税権力を抑制する必要が出てくるかもしれません。そうなった場合も考え、やはり、ハードルを高くしても良いので、いちいち住民投票条例を可決しなくても一定の要件をみたせば住民投票ができるようにしておく必要があります。
そういう点からすると、いったいこの基本条例の制定を行政が主導して行うのが本来のあり方かという疑問もあります。しかし、日本国は大日本帝国憲法の時代から、プロシア憲法に範をとった欽定憲法であり、日本国憲法も大日本帝国憲法の改定という形をとっていますので、制定過程においての民主主義的正統性にあまり重きを置きすぎると、なかなか制定に結びつきません。
不都合な点が生じた場合は、住民投票で改正をしていくことで、自治基本条例の正統性が高まっていくという方法がいいのでしょう。そのためにも、住民投票が制度として担保されていることが重要です。

 考えてみれば、英国で1215年に実現できたことが、2010年、この所沢でできるようになったというのも不思議な感じがしますが、是非とも所沢版マグナカルタともいえる自治基本条例制定を実現させていきましょう。私もがんばります。

2009年09月03日

どうなる補正予算

9月3日付の朝日新聞の記事によれば、「民主党は、補正予算の無駄遣いをやめさせることで、来年度予算の財源確保を見込んでいる」そうで、特に、基金について厳しく批判している。所沢市の9月定例会にかかわる項目としては、「緊急人材育成・就職支援基金」(7千億円)が該当する。緊急雇用対策に関係するので、一旦雇い入れた後で、途中でお辞めいただくというのも随分失礼な話なので、もし、補助金がなくなれば、市が単独で負担することになってしまうのだろうか?

所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?

本年に入ってから、所沢市議会に、他市議会からの視察が相次いでいます。すでに議会基本条例を策定した議会からも視察に来られましたが、やはり、これから議会基本条例を策定しようという議会が多いです。
そうした議会の皆様が最も関心があるのは、どのようにして条例策定をおこなかったかということと、なぜ実現可能だったのか、という2点に集約されるようです。

議会基本条例そのものは、それほど難解な内容ということではありません。

どのように策定したかのお話は、そのまま素直に私たちの工夫した点をお話すればいいのですが、なぜ実現可能だったのか、という点については、あまりうまく説明ができていませんでした。
「運が良かったから、人に恵まれたから」とお答えすると、がっかりされるようです。確かに運がよかったことはまぎれもない事実なのです。まずは、廣瀬先生が所沢市民であり、親しくご指導いただけたこと。そして、議会に積極的肯定的な関心をもっていただける市民が条例制定と時を同じくして、増えてきたこと、そしてその方々が熱心に傍聴してくださったり、意見をおよせいただいたこと。特別委員会の委員に前向きで柔軟かつ熱心な委員の方が揃ったこと。などです。

それに加えて、なぜ可能であったか、一昨日のある市での議会基本条例についてのご紹介する機会に思いつきました。

1)なんでも議会事務局任せにせず、議員でやり抜く気概を持つ

私だけかもしれませんが、どうしても、事務局に面倒な部分は頼ってしまう傾向が議員にはあるようです。所沢市議会では、条文も自分たちで書きましたし、条文を考える上での資料も、荻野前副委員長を始めとした、作業部会の方々に作っていただきました。
意見提案手続きの回答も議員が執筆しました。
ミニシンポジウムの受け付けも議員が行いました。
最近では、議会基本条例についてのパンフレットも、費用節減のため全4P中1と4Pは、議員がデザインし、完全版下入稿しました。どうしても事務局頼みとなると、他の定型的な業務も抱えていますから、どうしてもワンテンポ遅れてしまいます。
もちろん所沢市議会も、公聴会、ミニシンポジウムと、すっかり事務局の方におんぶにだっことなってしまったのですが、やはり議員でやり抜こうという気概がなくては、事務局の方々もあれだけ熱心に支援いただけなかったのではないかと思います。

2)条例推進の責任者は、執行部が議案を通すがごとく努力する

本来であれば議会基本条例ですから、議員全員が共通認識をもって取り組んでいくべきです。幸いなことに、所沢市議会では、特別委員会の委員以外の皆様にも大きな関心を持っていただきながら進めることができました。しかし、やはり議員にとって議会基本条例に対する意識や態度は温度差があるのも事実です。そうした場合、基本条例にはそれほど執着されていない方々にも熱心にお願いとご説明を責任者は行うということが必要です。あたかも、執行部が条例や予算を議会に通してもらうために、様々な努力を行っているようにです。

3)すべての会派の皆さんとのコミュニケーションを欠かさない

いきなり議会基本条例の話だけしても、食いつきはよくありません。私はあまり営業という経験はないのですが、きっと営業活動に近いのでしょうが、ひたすら会派が違う皆様とも条例推進責任者は、お話をするということ、その中で条例のどの部分に不満や違和感をおもちなのか的確に把握する必要があります。

まとめると、やはり条例推進責任者は、しっかり汗をかくということに尽きるのではないでしょうか?

2009年04月04日

現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)

松下政経塾の卒塾生で希望する者は、松下政経塾の佐野尚見塾長(理事長)から、毎月、メールでメッセージをお送りいただいている。
今回は、松下幸之助塾主が、戦後すぐの時期に社員および関係者に向けて発せられたメッセージを引用されていた。
佐野塾長にご了解をいただき、佐野塾長が引用された部分を改めてご紹介させていただきたいと思います。
それぞれご覧になられて、さまざまな感想をお持ちになるかと思いますが、あまり広く紹介されていない文章とのことですので、ご紹介させていただきます。

以下 引用です。

現下の経済危機に処するわが社の方針

昭和20年(1945年)11月

松下幸之助

1. 序
戦時中、国家の戦争遂行のためにご奮闘願い、大変御苦労であった。本日改めてお礼を述べ厚く感謝する次第である。
 顧みて我が社の経営の実情は如何か。
 終戦前までは、内外併せて六十七箇所の軍需工場があったが、結局未だ本格的に生産に入っていない始末である。また銀行よりの借入金は二億数千万円、その利子だけでも一千万にのぼる有様で、経営はなかなか多難なものがある。

 このような状態の下において復興しなければならないのである。苦しい事は苦しいが、今この苦しみをば単にそれのみに終わらせては国家、社会に対して甚だ申し訳がない。我々はこの困苦の中から新しい正しい道を見出し、松下電器を社会に貢献せしめ、産業人たる使命達成に邁進しようではないか。しからばどうなすべきか。

2. 日本精神の体得
 我々は常に日本精神を保持していると誇称してきたが、過去数十年間果たして真個の日本精神を体得していたであろうか。残念ながら失っていたように思う。しからば、真の日本精神とは何かというと「至誠」の一語に尽きると考える。
 日本精神を三千年間の歴史を通じてみると、一貫して流れるものは「至誠」である。「至誠」の錬磨されていく姿である。この至誠の心は畏いことながら天照大神の大御心であって、この大御心を
伝え伝えして三千年間琢磨し、培われきたったのが醇乎の日本精神である。

 この日本精神を基礎において、政治も外交も、経済もなされておれば、戦も起こらなかったであろうし、また敗戦もしなかったであろう。というのは、真の日本精神に立てば、「至誠」は神に通じ、融通無碍である。事の成ると成らざるとがよく分かり、決して誤たないのである。

 しかるに、数十年前から深く日本精神を研究することなく。却って、誤り教えられて偏狭な考え方に陥ってしまった。昨今の道義を、至誠のよく顕現された武士道と比べてみるとき、極めて明瞭で
あって、今日いづこに日本精神ありやと呼びたくなるほどである。
 武士道の特徴とする、物に捉われない潔い行為も、今日は殆ど見受けられない。また美しい友情もない。全く日本精神が地に落ちてしまった観がするのである。
 従ってこれから真に日本を建て直すには、先ずかく誤れる日本精神を真個の姿に取り戻し、正しく体得し至誠を以てすべてに向かうことを復興の第一歩とすべきである。

 ところで、日本精神の体得には謙虚の心がなければならない。一国の首相は誰よりも謙虚であり
頭が低くあらねばならない。かかる態度で事を処してゆくとき、心は磨かれ、至誠は常に心の中にあって、決して事を誤だないのである。政治する人も、己惚れることなく人に教えを乞う気持ちで行えば、才知才覚は涌き、あやまりなく政治を運ぶことができるのである。

引用 終わり

2009年02月24日

当麻市長 平成21年度施政方針について

 平成21年2月23日(月)、3月定例会が始まりました。冒頭に、当麻市長より、平成21年度施政方針演説がありました。

平成21年度施政方針はこちら
 
 当麻市長も2年目を迎え、少し独自色が見えてきたようです。
 くわけんが考える、今回の施政方針での注目ポイントをご紹介します。


 まず、素直に評価したい点は、(失礼ながら、◎は評価がもっとも高い、○は評価が高いと評価させていただきました)
 ●市政運営の基本的な考え方
  ○・各部の目標を明確にし、(略)目標を達成するための「組織マニフェスト」にも取り組んでまいります。←市長マニフェストの実効性を高めるには必要不可欠です。
 
  ◎・ 基本構想の計画期間(略)市長任期に沿って8年間←平成20年12月議会でくわけんも提案

 ●平成21年度予算の概要
  ◎・(環境関連施設の整備・運営・更新) 西部クリーンセンターのC系炉を休止 ←会派マニフェストで提案
 
  ◎・(下水道事業) 財務諸表を公開し、(略)平成24年度を目途に地方公営企業法を適用し、複式簿記に基づく企業会計の導入 ←くわけんが平成19年9月26日決算特別委員会(平成18年度決算認定にあたって)にて提案
  ○・(観光・活性化施策) ロケーションサービス事業を展開←フィルムコミッション事業ともいわれており、会派では先進地の藤沢市を見学。同じ会派の中村議員が一般質問しました。
  ○・(景観施策)  「(仮称)所沢市景観条例」・「(仮称)所沢市景観計画」を策定←これまでの都市計画の枠組みでは周辺環境の悪化を招く開発行為に制限を加えることは大変困難です。景観条例は所沢市にとっては必須の条例です。
  ◎・(医療・保健施策) 「本年4月から小児科医師1名を増員」←会派マニフェストで提案


  もしかしたら、実施する予定なのかもしれませんが、今回の施政方針では触れられておらず、
  ぜひ、実施していただきた項目(くわけんおよび会派が提案してきた内容)

  ・ 政策会議議事録の公開
  ・ 団体への第三者機関による補助金審査
  ・ 特殊勤務手当の見直し
  ・ 公会計の本格的導入
  ・ 図書館の月曜日会館
  ・ 公民館と出張所の統合の推進
・ コールセンターの設置
 ・ いわゆる経度発達障害者に対する幼児期から青年期までの継続的支援
  ・ 障害児療育の市内での展開
  ・ 庁内情報化における随意契約の排除のしくみづくり(CIOの配置)
  
 などです。
 いずれにせよ、市長も詳細なマニフェストを提案し、われわれ議員も会派マニフェストを提案するなど
 二元代表である市長と議会が、善政競争を行っていくことが重要だと思いますし、当麻市長になってからそういった点ではやりやすくなったのは事実です。
 
 今後の予算審議の中で、上記の点を含めてしっかりと建設的な議論をしていきたいと思います。


   

2008年07月02日

身近にある奇跡「ふくじゅそう」

 6月30日(月)午後 新所沢ボランティアグループ「ふくじゅそう」の30周年記念の会がありました。

 「ふくじゅそう」は30年前の昭和53年、地域のひとり暮らしの高齢者に集まる機会を提供するために生まれました。

 当初は、民家を借りて活動していましたが、現在は、かつての市営の質屋だった施設を拠点に活動をされています。

 活動内容は、高齢の方々への月2回の昼食会、配食サービスや、茶話会、資金源確保のためのバザーや手芸などを行っています。

 今回、30周年にあわせてふくじゅそうの皆さんが記念誌を発刊されました。
 その記念誌にくわけんが寄稿した内容を以下掲載いたします。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
桑畠健也
 この30年で、高齢者をとりまく環境も、介護保険制度の誕生で激変しました。
 確かに介護保険は使いやすく便利な制度です。
 先日も民生委員さんとの話合いで、65歳以上の高齢者に対する支援制度は、ずいぶん整ってきたという話になりました。
 しかし、一方でお互いの助け合いの精神のようなものが、薄まってしまったような気もします。
 家族や地域の支えあいや助け合いが前提にあって、その上に介護保険があったはずです。ところが現実は介護保険だけが肥大化してしまったのです。
 本来中心になるべき、支えあいや助け合いの活動は脇へ追いやられてしまった印象です。
 そういう意味でいうとある種の逆風にたえながら、ふくじゅそうの皆さんが、助け合いの精神で地道な活動を30年間も継続できたことは、私は身近にある奇跡だと思います。
 ふくじゅそうの皆様のこれまでの根気強い活動に改めて敬意を表させていただきます。30周年おめでとうございます。そして、50周年に向けて私も微力ながらお手伝いをさせていただきたいとささやかに思っております。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

2008年06月30日

後期高齢者医療制度を通じて考える ③

 6月26日(木) 10時から新所沢団地自治会 高齢者対策委員会主催で、後期高齢者医療制度についての勉強会が開催されました。講師には、所沢市役所福祉総務課で後期高齢者医療制度を担当する、中村氏と渋谷氏でした。中村氏からは、制度創設に至る経緯を、渋谷氏からは、制度そのものの概略についての説明がありました。
 
 その後、質疑の時間になりました。質問項目として多かったのが、かかりつけ医制度についてと、夫婦で後期高齢者医療制度と国民健康保険に分かれた場合の保険料の扱いでした。

 かかりつけ医制度については、別に強制ではなく選択であることが説明されました。
 保険料の違いについては、講師2名が、国民健康保険については部署が違うのでわからないということ
でしたので、私が、急遽国民健康保険課に電話して概略をお聞きしました。

ご主人 75歳、奥様 73歳 のケース 
 例えば、ご主人が75歳以上で奥様が73歳の場合、これまでは、ご主人に国民健康保険の平等割額、1世帯につき17,000円がかかっていました。では、ご主人が国民健康保険から後期高齢者に移行した場合、奥様の保険料はどうなるのでしょうか。

 奥様の国民健康保険料は、まず、奥様の所得に合わせた 所得割額、また奥様名義の土地・家屋を所有されている場合、その資産割、さらに、加入者1人につき年間11,000円の均等割り、そして先ほど述べた平等割額がかかります。

 それに加えて、この4月からは、後期高齢者支援金等分も支払わなくてはならず、これも所得割と金等割があります。

 ただし、経過措置として、世帯にかかる17,000円の平等割については、もし、その世帯がご主人と奥様だけで、奥様一人だけが国民健康保険に残る場合、5年間、平等割額が半額の8,500円に減額されます。

 いずれにしろ、減額措置があったにせよ、前回もお伝えしたように、後期高齢者支援金等分が増額されるので、高齢者支援金の均等割り額が11,000円ですから、その効果は減殺されるケースの方が多いようです。


 
 

2008年06月14日

後期高齢者医療制度を通じて考える②

 わたくしの一般質問も昨日終了しました。一般質問の詳細な内容は、来週以降報告いたします。というのも、一般質問の議事の速記録(速報版)が事務局に届くのが来週になるからです。一般質問の際にはメモはとるのですが、正確な執行部からの回答をお伝えするには、メモでは不十分なので、速記録で確認してからの報告になります。

 さて、後期高齢者医療制度ですが、最近は新聞でも詳しく解説される機会が増えてきました。これまでは、どちらかといえば、批判的な記事が多かったのですが、最近は、メリットとデメリット双方をとりあげるなど、冷静な報道も増えてきたようです。

 日経ヘルスケア 2006年6月の特集記事「揺れる 後期高齢者医療制度」とう特集があり、その中で、「後期高齢者医療制度の混乱の背景」がうまくまとめられています。
 被保険者の不満としては
 1)被保険者の保険料のアップ (これは被用者保険の被扶養者だった方々です。)
 2)保険料の年金からの天引き
 3)保険証の未着問題
 4)75歳以上を別建てとした保険制度への批判
 5)後期高齢者終末期相談支援料への批判
 さらに、後期高齢者という名称への不満も大きかったようです。

 これまでは、75歳以上の被保険者の方々の不満・苦情が多かったのですが、これから、国民健康保険を始めとした支える側の保険税が後期高齢者制度を支えるために、「後期高齢者支援金等」が加わり、国民健康保険税が高くなるため、これらの方々の不満・苦情が多くなりそうです。
 所沢市ホームページ 国民健康保険税の計算例

 たとえば、持家等があり固定資産税10万を納めている家族で
 世帯主(48歳)…給与収入3,000,000円(給与所得1,920,000円)
 妻(43歳)…給与収入1,300,000円(給与所得650,000円)
 子供2人…無収入・固定資産税額0円
 の家族の場合、後期高齢者支援金等分として、保険税93,660円が年間に増額となります。

 7月に保険税額が決定され、20年度分の通知が始まりますので、これまで、後期高齢者医療制度に関係ないと思っていた現役世代の方々も、関心をもたれるようになるのではないでしょうか。
 
  

 

2008年06月11日

後期高齢者医療制度を通じて考える①

 わたくし くわけん自身の今後の日本の高齢者医療や福祉についての考え方を整理する意味も兼ねて、これから、数回に分けて、後期高齢者医療制度を通じて、これからの日本の高齢者政策を考えてみたいと思っております。
(もしかするとこの1回で終わってしまうかもしれませんが)

 まずは、考えるきっかけとして、首相官邸に置かれている社会保障国民会議サービス保障(医療・介護・福祉)分科会 第4回会合(平成20年 5月20日開催)の中での議論で、樋口恵子さんのご意見を紹介します。

□以下引用 □
 ○樋口委員 高齢者へ風当たりが大分強うございますので、このメンバーをずっと見渡して、恐らく私が一番年長の後期高齢者の一人でございますので、一言申し上げます。
 私が大してお金を持っておりませんけれども、恐らく2%の側(くわけん注 65歳以上の年金受給者、老齢年金受給者のうち年収600万を超える方の割合が約2.4%という内閣からの説明を引用)には入っているんだろうと思いますし、多くの後期高齢者が負担するということには全くやぶさかではございません。その意味で後期高齢者からの天引きが諸悪の根源のように言われますけれども、どうしても負担しなければならないものであったならば天引きしてくれるほうが手数がかからなくて気楽な面がございます。
 問題は、きょう矢崎委員がいみじくもおっしゃってくださいましたけれども、後期高齢者医療制度というものが本当に高齢者の身になって、高齢者の望むものとして後期高齢者の意見を聞いて行われたか、厚生労働省さんは老人クラブからヒアリングを行いましたとおっしゃいますけれども、本当に後期高齢者の生活や身になってどのぐらい設計されていたかということが今回の後期高齢者の怒りの根本でございます。
 その制度が我々にかかわりのあるものならば当事者がどんな形であれ意見を聞いてもらいながら参画しながら進めていただきたかった。それがほとんど絶無に近かったというふうに私などは理解いたしております。
 ですから、このように2つに制度を分けるということについて、若い人の負担を思うとこれしかないと言われればそれはそれでもいいのかなと思います。
 ただ、今税金で5割ですか、負担して若い人の負担にならないようにするというこの制度の中で一体後期高齢者医療制度がどこまでやってくれるのか、どこで打ち切られるのか、巷間いろいろ言われるばかりで全く実態が見えてまいりません。その部分に後期高齢者はいささか感情的になっているんだと思います。対象者を感情的にさせるような政策というのは進め方が間違っていたのではないだろうかというのが私の意見でございます。
以上 引用終わり □

 私自身は、後期高齢者医療制度は政策面だけで考えれば、ベストの選択とはいえないとは思いますが、現下の政治的な状況下では一定の合理性のあるしくみだと考えています。(たとえば、高齢化率の高い自治体の国民健康保険の救済など)
 しかし、やはり樋口恵子さんが、制度の合理性をある程度認めつつ、おっしゃっていることに尽きるのだと思いますが、「本当に高齢者の意見を聞いたのか?」「政策形成に当事者である高齢者は参画したのか?」という点が問題になっているのだと思います。
 よく、何か物事を意思決定し進める上で「俺は聞いてないよ」ということを理由に強行に反対されることがありますが、まさしく高齢者の方々にとっては、「そんなの聞いてないよ」という憤りが大きいのではないでしょうか。

 ただ、後期高齢者医療制度を議論する際、この制度だけを取り出して議論するのは、私は正確な議論ができないと考えています。
 つまり、高齢者の医療確保の問題は、医療だけではなく、福祉や年金問題とも密接に絡み合っているからです。だから、タイトルが、「後期高齢者医療制度を考える」ではなく「後期高齢者医療制度を通じて考える」としたのです。
 以下 続く
 

2008年05月11日

北小学校改築時の出来事

2008年5月9日、息子2人がお世話になった、所沢市立北小学校創立50周年記念式典が開催されました。夜には、祝賀会が行われ、改築前の校長先生であった立石様よりごあいさつをいただきました。そのごあいさつの中で、北小学校改築時、当初の建築案が、地域住民への説明会を経て、案が変更になったエピソードを紹介されました。北小の敷地は、長方形で、東西方向が長辺で、南北方向が短辺になっています。50年前に出来た当時は、校舎は北側に、校庭は南側に位置する、理想的な形でした。改築の際、改築前の校舎をそのままに、新校舎を校庭に建てるという計画だったそうです。この方法だと、校庭は使えなくなりますが、プレハブ校舎を建てなくて済むので、約2億円の費用節減になるということでした。しかし、北小学校を訪れたことのあるかたならわかりますように、南側に校舎がたってしまえば、校庭の日当たりも悪くなりますし、校舎からの見晴らしも悪くなります。立石元校長も本音では約2億円かかっても、プレハブを建てて、新築後も、校庭と校舎の配置は変えないようにするのがよいと思っていたそうです。ただ立場上は、表立って主張もできなかったそうです。ところが、地域住民への説明会で、南側校舎案は、反対とされ、北側校舎案に落ち着いたそうです。そういう意味でも「地域の皆さんには感謝している」とスピーチされていらっしゃいました。私も、このエピソードは恥ずかしながらお聞きするのは初めてでしたので、大変驚きました。財政面からみれば、2億円というのは大きい出費ではあります。しかし、学校は、少なくとも20年以上使えるわけですし、小学生にとっては、最も多くの時間をすごす場所のひとつです。そうした大事な場所が、広々と明るくあるための出費として2億円というのは必要な出費だったのではないかと思った次第です。とかく財政が厳しいといいますが、本当に必要なところにお金はしっかりかけることが重要であることは、この10年後の北小学校が雄弁に物語っています。

2008年05月10日

ローカルマニフェストは「鍬」

くわけんは今、ローカルマニフェスト推進地方議員連盟に加入しております。そいった関連で、エッセイの執筆を頼まれました。
http://www.senkyo.janjan.jp/senkyo_news/0803/0803132701/1.php

そのエッセイをここにも再掲させていただきます。

以下本文

私は農学部出身ですので、モノゴトをどうしても農作物になぞらえて考えるクセがあります。稲を例にとれば、よいコメを収穫するためには、「根」がしっかり発育なくてはいけません。「根」をしっかり発育させるには土づくりが重要になります。

 最近は、ほとんどの日本人が農業に関り無く生活していますから、この簡単な理(ことわり)を忘れがちになるように見えます。松下幸之助さんが松下政経塾を創設した際、「できれば最低10年間は塾で学んでほしい」と思ったそうです。(結局、設立当初の修業年限は5年。現在は3年)また、塾生の育成方針として、「多くの上手ではなく、一人でもいいから名人を育てたい」と宮本武蔵を例にとって語っています。

 私流に解釈すれば、松下幸之助さんは、人間としての「根」がしっかり発達した政治家・リーダーを育てたかったということではないでしょうか。「学校」ではなく、「塾」という形態にこだわったのも、「学校」は誰か先生が教えるところ、「塾」は自分から学びとるところ、という意識もあったように思います。

 松下幸之助さんの凄いところは、自分の考えを学べとは一言も言わなかったことです。

 「師なくして、自ずからその道に達すること」「自修自得」が松下政経塾の理念です。私は、松下幸之助さんには、塾生として一度しかお会いすることができませんでしたし、それほど長時間にわたってご指導をいただくということはありませんでしたが、海のものとも山のわからない若僧の言葉に真剣に耳を傾けていただいた経験は私にとって生き方の一つの指針となりました。

 私が入塾した当時は、「前川レポート」が内需拡大と、食糧の輸入関税撤廃を声高に訴えていました。当時、食糧安全保障などを唱えるということは、遅れた考えと見做される風潮がありました。当然、松下幸之助さんも財界人なのだから、食糧はどんどん輸入すればよい、という立場に立っていたように思われるかもしれません。しかし、松下幸之助さんは一貫して、食糧安全保障の重要性を訴えていました。

 松下政経塾の設立趣意書にも、「経済面においては、(中略)食糧やエネルギーの長期安定確保の問題」が日本の課題として挙げられています。特に政治家志望ではなかった私が、松下政経塾を志したのも、この設立趣意書の一文でした。

 その後、紆余曲折を経て、今は有権者の方々の負託をいただき所沢市議会議員を努めさせていただいています。当初の志はどこへやら、農業問題、食糧問題とは縁遠い立場になってしまいましたが、今は、地域で、良き「根」を育てることと、そのための土づくりを、地方議員という立場で実行いたしております。

 私にとっての土づくりのための鍬がまさにローカルマニフェストなのです

本文おわり

2007年08月07日

「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿

 「シムシティ」という私の好きなパソコンゲームがある。都市育成シミュレーションというのが、このゲームのコンセプト。米国発のゲームであって、自分が市長になって、未開の荒野に都市を建設していくのだ。詳細を知っていただくには、是非ゲームに触れていただくことが一番である。

 簡単に紹介すると、住宅地域と商業地域と工業地域に用途指定を行う。この辺は日本の都市計画とも一致する。電気や水道を引き、用途指定や税率をコントロールして、多くの住民を呼び込む。
 町の発展の指標は人口と地価と税率である。この3つが基本的にチェックすべき指標である。付随的に犯罪発生率や火災発生率などもある。

 なるほど、米国らしいのは、未開の地から開拓を進めることと、指標を人口や地価に置く点にある。米国の都市計画、都市経営についての哲学が直感的に理解できる。

 実際に、米国では、市町村はあるものではなく、創るものである。市町村の経営が下手な場合、つぶれる市町村もでてくる。
 行政の基本単位は州と郡(カウンティ)である。日本では、すべての行政区画がいずれかの市町村もしくは特別区に属しているが、例えばコロラド州では行政区画が市町村に属さない地域がある。州や郡の行政区画に市町村が点在するといったイメージが正しいだろう。
 カウンティの中で、人口密度が一定規模に達した地域では、市町村を住民自らが発意して創ることになる。その時に、まず最初に創るのが憲章(チャーター)である。今から20年前に、米国のある町シティマネージャーにお前の町にチャーターはあるのかと聞かれたので市民憲章を説明したところ、違うという。チャーターはその町の憲法であり、理念だけでなく、もっと具体的な条文が書かれているものであるという。

 そういうものは存在しないというと、非常にびっくりしていた。私も、まだ分権一括法が成立する前(つまり機関委任事務が存在したころ)だったので、そんなのは無理に決まっていると決め付けていた。

 ここ最近、所沢でも自治基本条例が議論されてくるようになった。なかなか理解が難しいという声を聞く。ましてやまちづくり基本条例というと、ハード面の「まちづくり」と勘違いされてしまうようだ。私は北海道ニセコ町で自治基本条例ができた時、「ああ、これは米国のチャーターだな」と直感した。条文のつくりも、チャーターに似ている。米国のチャーターを理解すると、自治基本条例についての意義がよく理解できる。
 
 あまり知られていないが、マッカーサーの憲法草案には市町村がチャーターを作ることを提起していたが、日本側の反対にあって実現しなかったという。

 私も自治基本条例については基本的に推進するべきだと思っているし、会派のマニフェストにも推進をうたっている。しかし、一方で、最高法規性、つまり自治体の憲法と位置づけることにはいくつかの疑問が残る。
 シムシティのように新たに何もないところから所沢市をつくるならば、まずはじめに自治基本条例ありきとなり、自ずから最高法規として位置づけられるだろう。 
 しかし、すでに市として何十年にもわたって存在してきた自治体が、条文に最高法規であると謳ったところで、実効性はない。
 
 また、条例制定にあたっても議会の議決だけでなく、住民投票で決するぐらいでないと、市民も最高法規としての重みを実感しないだろう。最高法規性の判断は、最終的には自らが吹聴するのではなく、司法判断を積み重ねることで、実態として最高法規に近づいていくべきものだ。
 
 ただ、いずれにしろ、地方分権の主旨から考えれば、ジグソーパズルの埋められていない肝心な1ピースではあるので、あまり堅く考えずに、現状の統治システムを再定義するということで、条例制定に向かうべきだろう。
 ちなみに、わが会派では、議会部分については、さらに議会基本条例の制定も提案している。

 いずれにしろ、この夏は、ぜひとも「シムシティ」を体験して、自治基本条例への理解を深める夏にしてください。

2007年02月10日

議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)

 昨日、議員特権に関わるワーストが発表されました。
 ご覧になったかたも多いかと存じます。
 調査結果は
 議員特権・全国調査結果
 
 をご参照下さい。

 所沢市は、
 費用弁償     3,300円
 政務調査費   領収書添付が義務
 永年議員表彰  なし

 ということです。

 ちなみに、くわけんの所属する会派「翔」では、マニフェストとして
 【議会改革】
 費用弁償の廃止
 を訴えています。

 付け加えますと、政務調査費では、所沢市議会では、事務所費用の請求は
 認められていません。


 

2006年12月27日

2006年12月議会も終わりました

いきなりまとめて、12月議会の記録を掲載させていただきました。
特に、見ていただきたいのは、一般質問の「談合情報とその対応」です。
正直、執行部の返答にはびっくりしました。
くわけん自身は、談合が悪だ(あきらかな法律違反ですが)、とか、一般競争入札が絶対だ、と声高に主張する気はありません。
ただ、大きな流れとして、ケインズ型の公共投資による有効需要創出があまり有効に機能していないのではないかという立場に立っています。(いわゆる乗数効果がもはや見込めないのではないか)

この点については、地域内の産業連関分析を行って、実証的に分析する必要があると思っています。

この立場に立てば、特に所沢市の場合は、77000人が東京圏に通勤しているわけですから、いわば、
地域経済でみれば、通勤者から得られる給与および、年金や利子、投資分配金などで商業をはじめ、地域経済循環が成り立っているのであって、地元企業への公共投資による地域経済の乗数効果は低いと予想しています。

よって、過度な地域企業への優遇は、公共工事ならびに委託に限らず、地元業者の競争力を奪い、
10年単位でみれば、あきらかに税収が落ち込んでいく中で、結局地元業者のためにならないのではないかと考えています。

そういう点から、やはり、談合はよろしくないし、ましてや、こんなことはよもやないとは信じていますが、
官が主導して、事業を配分するいわゆる官製談合は経済合理的に考えても、納税者の皆さんのためにならないと考えております。

年末に向けて、よいお年をお迎え下さい。

2005年10月11日

不思議の国の地方議会①

「地方自治は民主主義の学校」と言ったのは英国の政治学者プライスです。
 同じように、地方議会も民主主義を学習する上で重要な役割を果たしています。 ただ、国会に比べ地方議会は、その役割やしくみがなかなか理解されていないようです。かくいう私も、地方議員になるまであまり仕組みについて理解していたとはいえません。
 というより、地方議会に関心がなかったという方が正確でしょう。  先日も、ある方に市議会の議場を案内したところ、「国会には行ったことがあるけど市議会は初めてだ」といわれてしまいました。現実には市民の方も国会へ行ったことのある方のほうが、所沢市議会へ行ったことのある方より多いのではないでしょうか。
 現実には、議会では市民の皆さんに直結する議論が数多くなされています。平成17年9月議会でも、市が行う放課後児童預かりの制度である、「生活クラブ」の有料化が決まりました。
 所沢市議会は、本会議も委員会も傍聴が可能ですし、以前は記入していた傍聴者の申し込みも氏名等を記入しなくても可能です。(個人情報保護の観点から)
 平日の昼間に、会議を開催して来てくださいというのも市民の方には失礼なのですが、やはりなかなか来ていただけません。  実際に来ていただいても、話している内容がわかりづらいとも指摘いただきます。 そのわかりにくさの原因は、きまった手順で議論をするため、その手順についてある程度理解がないと「何、まわりくどいことをやっているんだ」というご指摘につながります。
 確かに、様々な回りくどさというのは、議論の公平さや確実さを保証するためには重要です。 でも、そういったことを言い訳にしていて許される時代でないこともまた事実です。
 そろそろ地方議会も変えるべきところと変えなくていいところをしっかりと見分けつつ、わかりやすい議会を目指すべきと考えます。
 この企画はいつまで続くかわかりませんが、地方議会の生の現実をお伝えするとともに、変えていくべき点は大胆に提言していこうという趣旨です。
 本来であれば、「地方議会 こんなこといらない」といったテーマで議員になってからすぐ始めようと思っていたのですが、私自身が地方議会について語れるぐらいに理解するのに時間がかかったためやっと始められるようになりました。
 今後、議会の様々な問題(「議員のなわばり」「与党・野党」「代表者会議」など)について取り上げていきますので、ご意見ご感想を是非お寄せください。

2005年10月05日

続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?

本当は続編を書くつもりもなかったのですが、この問題についての動きがすさまじく早いペースで進んでいるので、続編を。
 昨日「(いずれにしろ子会社や出向先などを有する民間より(役所の)選択肢は少ない。」と書いたが、今日の日経の一面に、政府が「市場化テストにからめて、民間への再就職や出向ができる仕組みの検討を始める」という記事が載っていた。
 市場化テストとは、官と民が、公共サービスの担い手としてどちらがふさわしいかをテストする試みである。よく取り沙汰されるのが、職業紹介事業。ハローワークと民間の職業紹介所を比べて、サービスやコストを実際に比較した場合、どちらが総合的に優れているかをテストする。 もし民間が優れていた場合、公共部門は、このサービスの直接的な供給から撤退することになる。
 職業紹介サービスそのものは、一種の公共サービスだから、サービスがなくなることはないが、そのサービス供給の担い手を公務員から、非公務員へと移管することになる。
 サービスを民間に移管した場合、問題になるのは、それまでサービスに従事していた公務員の処遇の問題である。そこで、新たにサービスを供給する民間企業へ出向、もしくは再就職させるという可能性を検討するというのがこの記事の趣旨である。
 一応、民間への出向、転籍は市場化テストにかける公共サービス分野という限定がついているが、そこから始まって、さらに広い分野にわたる公務員の民間企業への出向・転籍を進めたいというのが政府の本音であるといえよう。
 これで、いよいよ退職勧奨以外の人員整理の方策が準備されつつあると見てよいだろう。
 他にも、今日参議院で、小泉首相が、「地方公務員の政治活動に対しても国家公務員並の罰則規定を設ける」など、まさに昨日くわけんが述べたように「民主党の支持基盤に対する牽制」の発言を行った。
 それに呼応するわけではないだろうが、私の政経塾の1期先輩でもある前原民主党代表が、公務員制度改革などへの対応を求める労働組合側に対して、「主体的に我々が政策を立案をする中で意見を聞くことはしたい」と返答し、労組と一定の距離を置くことを明言した。
 さまざまなモザイクのように現れるニュースを総合すると、公務員の人員整理本格化への流れは私たちの想像を超える速さですすんでいくといえよう。

2005年10月04日

いよいよ公務員の人員整理が本格化か?

 議員になってから、評論家的な文章を書くのは控えていましたが、公務員に対するスト権付与というニュースに接し、自分自身の考え方の整理も含めて今後の所沢、そして日本の行く末を展望してみました。
 10月4日の読売新聞によれば、小泉首相が民主党の浅尾慶一郎氏の質問に答える形で、限定的ではあるが、公務員のスト権付与を検討するとの回答を行ったそうだ。
 もし、公務員に対するスト権を与えるとするならば、名実ともに、公務員の人員整理が本格化すると言ってよいだろう。そういう点から私はスト権付与に賛成である。
 なぜなら、公務員、特に国家公務員は争議権(スト権)放棄と引き換えに、人事院によって、給与水準の引き上げ(場合によっては引き下げ)が勧告される。 地方公務員の給与も人事院勧告に則って賃金が決定される。
 そのスト権を付与するということは、一見労働者としての公務員の権利向上のようにも見えるが、スト権を認める以上、人事院勧告に甘えて、人員削減を猶予されることはないということでもある。
 所沢市でも人員適正化計画を公表しているが、基本的には、退職者不補充で人員削減を行おうとしているようだ。 新行政改革大綱によれば、平成15年度基準で、平成19年度までに100人削減という目標を掲げている。 この目標を達成するためには、人員削減は避けて通れない。
 (ここからは、評論です)
 しかし、現実には民間企業でさえ、解雇はそう簡単ではない。経営不振なら一定の整理解雇も許されるが、そうでない場合は退職勧奨という形で本人の自発的な離職を誘う方法が中心となる。
 まして、公務員の場合、経営不振による解雇は難しい。財政悪化という理由はあるとは思うが、財政の悪化の責任を職員だけに帰するわけにはいかないだろう。
 退職金上乗せによる、早期退職制度の導入か、あるいは、鳥取県のように、勤務評定が2年連続で最低となった職員に対して退職勧奨を行うといったやり方をとるのか。いずれにしろ子会社や出向先などを有する民間より選択肢は少ない。
 ちょっと、うがった見方をすれば、スト権付与は、官公労や自治労などの労働組合の政治への関心を弱め、ひいては民主党の支持基盤に対する牽制という深謀遠慮も見え隠れしている。
 中曽根民活路線によって、社会党の最大の支持基盤であった国鉄や電電公社等の労働組合は、民間労組となり、社会党は最大の支持基盤を失い、歴史の表舞台から消え去って行った。
 唯一残っていた郵政も民営化がほぼ決まった現在、スト権付与により、人事院勧告が形骸化すれば、官公労、自治労も特定の政党を支持する必要性がなくなる。
 ただ、一方において考えなくてはならないのは、公共部門、民間部門を含めた労働争議の増加である。スト権付与によっても公務員はストをしないとタカをくくっているのが大方の見方であろうが、これほど労使が協調し、労働争議も殆ど起こらなくなったのは、ここ30年程度のことである。
 労使協調があまりにも日常化したために、そうしたリスクを雇用者側は除外しているようであるが、労働分配率も低くなり、所得格差をあらわすジニ係数も拡大し、誰の目から見ても分配の格差が明らかになってきている。
 これまでであれば、公務員のストなどとんでもないということであったと思うが、最近の情勢下では、むしろストという選択肢があることを、知らせる効果もあることを考えなくてはならない。
 私などは、ぎりぎり旧国鉄の過激な闘争の記憶がかすかに残っているが、最近の20代の人々が物心ついてから、労働争議は歴史上の出来事になっている。
 今回の小泉圧勝という選挙結果も、20代~30代前半の男性が、小泉首相及び自民党を支持したことによってもたらされたといわれている。その一種、反抗のベクトルが、労働争議という選択肢を発見したとき、大きなうねりを作り出す可能性も考えておく必要があるだろう。
 (以上 評論終わり)  ところで、本当にスト権が付与されたら、人事院は要らなくなるんじゃないですかね。それだけでも、相当のリストラ効果ありだね。       

2005年08月16日

旭山動物園から考える行政経営

昨年同様、本年も新民報に夏の原稿を投稿いたしました。今回のテーマは旭山動物園です。
北海道旭川市にある旭山動物園。昨年7月、8月には、あの上野動物園を抜いて、月間集客数が動物園として全国一になった。NHKクローズアップ現代等、様々なメディアで取り上げているためご存知の方も、あるいは実際に訪れた方もいるのではないか。田中康夫長野県知事も絶賛し、竹中平蔵大臣も地域再生のモデルとして持ち上げている。 私の実家が旭山動物園からほど近いところにあるため、帰省の度に、子どもを連れてよく訪れていた。ちょうど長男が12歳であるから、この12年の変化というのを肌で感じ取っている。 子どもを初めて連れて行ったころは、旭山動物園が、最もさびれていた時期にあたる。現在は120万人を越える来客数を誇るが、96年には開園以来最低の26万人にまで落ち込んでいた。ひどい時には、園内には見渡す限り、私の家族以外にはほとんど人が見当たらないという状態であった。 こういう状態であれば、まず出てくるのは閉鎖論か民間委託論である。旭山動物園は市営であるからなおさらである。議会でも多くの批判がなされ、一時は民間への売却論も出たそうだ。 しかし、旭川市は民間委託には踏み切らず、逆に積極的な投資を行い新しい施設を増設していった。施設の設計の原型は、最もさびれていた時代に、動物園の職員が集まって、理想の動物園像を日々語り合い、描いた数多くのスケッチ画だったという。 もし、「民でできることは民で」という二元論的な考え方で旭山動物園の再生を行ったとしたら、これほどの繁栄はまずなかっただろう。あるいは、指定管理者制度を利用したとしたら?やはり、これほどにはならなかったはずだ。 実は、旭山動物園には、動物園エリアとは別に本当に、申し訳程度の遊園地がある。この遊園地部分は民間委託されている。では、この遊園地が民間委託によって、盛り返したかといえば、そうではなく、適切な追加投資もなされないため、すっかり動物園部分の繁栄から取り残されてしまっている。  旭山動物園の存在は、民でやればなんでもうまくいき、公でやればなんでも非効率という単純かつ二元論的な分類があまり意味のないことを証明している。 旭山動物園の評価を高めた、動物のありのままの動く姿をみせる「行動展示」もやはり現場の職員のアイディアから生まれている。 本当に寂れていた頃も、職員は手作りの看板で、動物の特徴や行動を説明していた。ベンチも、予算がないせいか、おそらく手作りのベンチに、ペンキで動物の絵を描いていた。  そうした絵やイラストが、既成の掲示板などと違って、動物と付き合っている人のぬくもりが感じられて、あちこちにある絵や看板を見つけて読むのも我が家の楽しみの一つであった。  素人にしては随分イラストのクオリティが高かったのが不思議だった。実は、後になってわかったのが、それらのイラストを描いていたのが、当時は飼育係で、後に絵本「あらしのよるに」を描くことになるあべ弘士さんであった。  基本的には現場の職員が熱意にあふれていることが重要であることを旭山動物園は教えてくれる。その熱意を形に変えていく上で、公がいいか民がいいかを判断していけばよい。 まず始めに民間委託ありきだけが、行政経営でないことを改めて肝に銘じたい。
(終)

2005年01月17日

「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)

財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿文です。駄文ばかりを掲載してしまい誠にすいません。くわけんの心がけている点について、戒めの意味も込めて掲載させていただきます。
「目的のためには」
何らかの目的達成のためには、手段は選ばない、例え手段に問題があっても目的が達成されれば、手段は正当化される。この考え方の行き着く先は今世界を覆いつくしているテロリズムである。 そういう考え方とは一線を画すというのが、私たち政経塾に集ったものとしての共通の守るべき規範ではないかと思っている。  身びいきなものいいになってしまうが、この25年間、たとえば選挙の方法論をとっても政経塾の出身者はそうしたことを比較的大事にしてきたのではないだろうか? 正しき手段を追い求めることで、むしろ多くの人に支持していただき、目的の達成が早くなったこともあった。一方、それによって目的を達成することが遅れた場合もあったように思う。
 しかし、私たちの仲間の誇りうる点は、短期的な損を覚悟で、敢えてそうした手段の正しさを選択した仲間に対して一定の敬意を払うという気風を有していることだと考える。 この気風こそが、私たちがこの25年に築きあげてきたかけがえの無い資産の一つであると思う。
 手段の正しさを追求しながら目的を達成するという営みのたゆまぬ繰り返しの先には、塾主が追い求めた「名人」への道が開けてくるのではないだろうか。-----

「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)

2005年 新民報に寄稿した記事です。いつもは、です、ます体で表現していますが、この寄稿はである体で書きました。また、松下幸之助氏の表記については悩みました。私たち政経塾の卒塾生は、松下幸之助塾主とするのですが、それは、あくまで私たち内輪の論理ではないかと考え、今回の記事では敢えて、親しみを込めて、松下幸之助さんと表記させていただきました。
「話を聞く名人」 あけましておめでとうございます。
私の今年の決意は、人の話をよく聞くようにすることである。毎年決意しているが、虚心坦懐に人の話を聞くというのは実に難しい。特に、おしゃべりな私にとっては難業苦行である。
私は、大学卒業後、松下幸之助さんが私財をなげうって次世代のリーダーを養成するために創った松下政経塾へと進んだ。松下政経塾では松下幸之助さんから様々なことを学ばせてもらった。特に、人の話をよく聞くということについては、身をもって教えていただいた。
松下政経塾には第9期生として入塾した。第9期生は、松下幸之助さんとお会いできた最後の塾生である。残念ながら、そのころの幸之助さんは、体調を崩されていて、大阪府門真市の松下記念病院に入院されていた。春に予定されていた面会も一度は中止になり、秋になってやっと実現した。
私は、北海道出身なので、おみやげの「まりも」と「木彫りの熊」を持っていた。今から考えると汗顔の至りであるが、当時は怖いもの知らず。おみやげをお渡しすると、にこっと笑って受け取ってくれた。その後、参加した塾生が、順番に自分は将来どういう志を持っていてどういう分野で活躍したいかなどを話した。
はっきりいって、まだ海のものとも山のものともわからない若造の話を、本当に深くうなずきながら、聞いてくれる。噂には聞いていたが、心底聞いてくれるのだ。私の番がまわってきた。とても齢97歳とは思えない目で私を見つめる。そして少しうなずきながら私の話を聞いている。幸之助さんは、あまりに聞き上手なので、ついつい余計なことまでしゃべってしまうと聞いていた。なるほどこれでは言いたくないことまでついついしゃべってしまうだろうな。私も上気していて、何をしゃべったかあまり覚えていない。ただ、その場で幸之助さんの逆鱗に触れて、「きみのような人間は、即刻辞めてもらう」と言われるのではないかと恐れていたので、無事語り終えてほっとしたことを覚えている。(私は、何かと政経塾のやり方に反抗していたため、塾の職員の評判は最低であった)さすがに幸之助さんに辞めろと言われると辞めざるをえない。
 とかくリーダーシップというと、リーダーが一方的にしゃべりまくるという印象がある。あるいは、自分の考え方を説いて、説き伏せるというイメージがある。 しかし、幸之助さんのリーダーシップは語るリーダーシップではなく、聞くリーダーシップである。巷間には、松下政経塾と早大雄弁会とを比べる向きもあるが、政経塾は雄弁であることよりも、聞くことにより多くの価値を置いている点では、全く方向性が違う。  松下政経塾でも、幸之助さんは、「私のつくった塾だから私の考え方をまずしっかり学ぶように」ということは一言も言われなかった。「諸君は塾生であると共に塾長である」という意識で学んで欲しいとも語っていた。
 話のおもしろい人、上手な人というのは割合といるが、話を聞くのが上手な人というのが意外と少ない。私は、幸之助さん以上に聞き上手な人にはこれまであったことがない。幸之助さんは、話を聞く名人であったといえよう。
 一時は私も、人の話をよく聞くということを意識していたが、最近どうもその点がおろそかになっていると大きく反省している。2005年は、改めて人の話をよく聞く年にしようと決意している。この記事を読まれた方々は、わたしがしゃべりすぎたときには、ぜひ忠告していただきたい。
本年もよろしくお願い申し上げます。

2004年07月30日

生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)

先日、新民報に夏の特集号の原稿を提出したところ、家庭新聞からも依頼されました。それで、表記タイトルの一文を書いたのですが、他の方は、同じ原稿を提出されているようで、びっくりしました。何はともあれ、ご感想をくわけんまでお寄せください。
以下本文。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。最近は、生きる力を学ぶ、というのが義務教育におけるひとつの大きなテーマになっているらしい。特に、総合学習では、生きる力を育むことが主眼におかれているようだ。 では生きる力は、一般の教科学習で学べないのか?なぜ、生きる力を育むために総合学習なのか? もっと、根本的に問うとするなら、子供は、なぜ学校へ行って勉強する必要があるのか。  いろんな答えがあるだろうが、私が子供に説明するとしたら、「人にだまされず、自分を守るためである」、つまり生きる力を身につけるためだ、と答えるだろう。
 この豊かな日本では、なかなか意味がわからないだろうが、ちょっと開発途上国を旅して、めまいのするような貧富の差に直面した人なら、当たり前にわかるはずだ。 たとえば、私が訪れたインド洋に面した某国。農村部では、水汲みは女性の仕事である。ご多分に漏れずその国でも、食事の煮炊きや暖を取るために、あるいは茶畑を造成するために、森林を過剰に伐採している。森林がなくなれば、井戸は涸れる。かつては、歩いて10分のところにあった井戸がどんどん遠のき、今では片道2時間のところまで、水を汲みにいかなくてはいけない。日本である程度の基礎教育を受けた人なら、その理屈はわかるはすだ。   しかし、学問がない現地の女性は、森林を伐採するとなぜ井戸が涸れるか、その理屈がわからない。茶園の私の尋ねたある村では、文字の読めない女性のために、その理屈を紙芝居で教育していた。井戸を再生するためには、植林が必要だ。その因果関係を教育するのだ。そうして、初めて植林の重要性を理解することができる。  つまり、本来であれば、オーソドックスな教科教育そのものが実は生きる力を育む基礎なのだ。とはいっても、現実に世界でも有数の経済的豊かさを誇る日本では、教科学習と生きる力との関連が子供たちにとって、わかりにくいのが実態だろう。かくして屋上屋を重ねるように総合学習というものが登場したのかもしれない。
 なんでこんなことを言い出したかと言えば、バナナを食べていて、このバナナは、きわめて厳しい生活条件に置かれた農民が作っているのだ、とわが子に教えたときに、めずらしく色めきだって「そんなのうそでしょ」と答え返したからだ。わが子にとっては、そんな悲惨な状態は、お話だけの世界であって欲しいのだろう。 バナナや紅茶に養殖えび、某世界ブランドのスニーカー、これらの身近な商品も、わが子と同じ年代の子供たちが、家計を助けるために学校にもなかなか行けずに作られている可能性がかなり高い。学校に行けなければ、いつまでも安い賃労働に甘んじるしかない。ビートたけしの母も言っていたように、「貧乏の悪循環から脱出するには教育しかない」のだ。 日本の子供達は、学校に行けて勉強できるだけでもすごいことなのだが、言葉だけで説明しても、なかなか納得できないだろう。かくいう私も二十歳以降に世界を旅することで、やっとそのことを理解できたのだから。  現地へなかなか行けない以上、自分が働くために学校に行けなくなった状態を想像してみてもらうしかない。そうした状態を想像するのにうってつけの映画がある。「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督作品)だ。この映画では、少し無気力な少女「千尋」が、親と離れ離れになり、学校へも行けず働かざるを得ない状況に追い込まれることで、生来の「生きる力」を取り戻すというプロセスを描きだしている。そういった視点で、この映画を改めて見直すというのもひとつの方法かもしれない。
 つまるところ、いま日本の大人たちが子供たちに「生きる力」を得てもらうために必要なことは、「与えないということを与える」ということではないだろうか。テレビゲームを与えないということを与える、夜更かしを与えないことを与える、などなど。しかし、これだけモノと情報が溢れ返った日本で、これほど難しいこともない。大人が、というより私があふれるモノと情報のなかで溺れかかっているような状態なのだから。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

もし、所沢市役所が2つあったとしたら。

新民報、夏の特集号に投稿した原稿です。何人の方から読んだよ、とお声をかけていただきました。ご感想をくわけんまでお聞かせください。
言いたかったことは、いまある自治体は、私たちはともすれば代替不能なものとかんがえがちですが論理的には交換可能であること。本当は、米国合衆国憲法修正第2条(国家権力への抵抗権の保証)にからめて話をもっていきたかったのですが、話がややこしくなるので断念しました。
言いたかったことは、国家公益独占主義(日本では公的な活動は国家や自治体に独占されるという考え方)はもう限界でしょう、ということです。 以下、本文
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。選挙中、私は次のようなたとえ話の演説を街角で行っていた。もし、所沢市役所が市内に2つあり、それぞれが、行政サービスを競いあったとしたらどうなるだろう。住民はサービスのいい方の市役所に住民登録を行えるとする。住民登録を行った市役所に税金を納めることとする。そうすれば、より高い税収入を求めて、お互いがよりよいサービスを提供しようと張り切るのではないだろうか。 そんな荒唐無稽なことを、とおっしゃる方もいるかもしれないが、そうした事例は現実に増えている。例えば、最近の郵便局。サービスが、目に見えて向上している。やはり、宅配便業者がメール便を始めるなどしていることが影響しているのだろう。高速道路のサービスエリアも2社に分割したことで、モスバーガーやパンの神戸屋などがテナントとして入店するなど、扱っている商品の選択の幅もひろがった。 歴史をひもとけば、江戸時代の北町奉行所と南町奉行所のように、同じ地域を対象に、一月ごとに裁判権を移動させていたという例もあった。 もちろん、自分たちの住んでいる自治体の行政サービスに不満があれば、選挙での投票という形で意思を表明することができる。しかし、選挙は4年に1回しかない。また、選ばれた人たちが自分たちの望むような行政サービスを提供してくれるとは限らない。陳情や請願といった方法もあるが、それでも行政サービスが変わらないとなると、適切な行政サービスを受けられる自治体へと引っ越すこととなる。いわゆる公共経済学で言うところの「足による投票」(ティボー)を住民は行うこととなる。 最近、「子育てにやさしいまちはどこか」といった雑誌の特集記事をよく見かけることからもわかるとおり、日本ではありえないと思われていた「足による投票」が現実味を帯びてきている。 孟子の母が孟子の教育にふさわしい場所を求めて、引越しを繰り返した、「孟母三遷」などは、「足による投票」の元祖と言えるかもしれない。 しかし、現実には、行政サービスの違いによってわざわざ引っ越すというのは面倒なことである。そこで、市役所を2つ作って、競わせてはどうか、という冒頭の提案をしたわけである。 ただ、2つ市役所がなくても、受ける行政サービスの供給者が市内に2つ以上あれば、事実上競争は発生することになる。もちろん、需要に比べてサービスが一定以上存在することが前提である。この点については、福祉の分野が進んでいる。介護保険のサービスは、複数の会社やNPOから選択が可能になってきている。 行政サービスすべてを、行政が提供する時代ではもはやない。行政サービスを含めた公的なサービスについては、NPO(ここでは広い意味での非営利団体)や民間企業が担い手となって供給するべきであろう。所沢市でも、特定管理者制度の導入によって、ラーク所沢の運営経費が節減できたという。 最近では、福祉の分野ばかりでなく、たとえば札幌市など、窓口業務の民営委託化が進んでいる。いずれにしろ、公的なサービスの供給主体がNPOであれ、民間であれ、複数存在するという状態を作り出すことは重要であり、そうした公的なサービスが増えると、事実上、市役所が市内に2つあることに近い状態を生み出すことができる。 もちろん、住民の行政サービスに対する評価がしっかりと、行政にフィードバックされれば、別に2つ市役所がなくても打てば響くような行政が実現することは言うまでもないことではあるのだが。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校で学ぶのか?
お金の使い方は正しくなければいけないけれど
日本も「神風」を期待したが、ドイツも「奇跡」を期待していたとは
地方自治法抜本改正?
キャリア官僚が中学校長に
戦前と戦後の官僚機構の連続性について
エネファームの話で盛り上がる
電気自動車の時代はやってくるのか?
官僚内閣制から国会内閣制へ
みんながお客さんになってしまう社会
医薬品開発の現場から
スリランカ和平は武力によって成し遂げられたのか?
自治基本条例は所沢のマグナカルタたり得るか?
どうなる補正予算
所沢市議会基本条例はなぜ実現したのか?
現下の経済危機に処するわが社の方針(松下幸之助)
当麻市長 平成21年度施政方針について
身近にある奇跡「ふくじゅそう」
後期高齢者医療制度を通じて考える ③
後期高齢者医療制度を通じて考える②
後期高齢者医療制度を通じて考える①
北小学校改築時の出来事
ローカルマニフェストは「鍬」
「シムシティ」と自治基本条例 家庭新聞原稿
議員特権について(費用弁償 政務調査 永年議員表彰)
2006年12月議会も終わりました
不思議の国の地方議会①
続・いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
いよいよ公務員の人員整理が本格化か?
旭山動物園から考える行政経営
「目的のためには」(財団法人 松下政経塾25周年記念誌への寄稿)
「話を聞く名人」(2005年1月新民報寄稿)
生きる力を育むとはどういうことか(家庭新聞投稿)
もし、所沢市役所が2つあったとしたら。
 沼津市議会議員定数削減請求について
 地方分権改革は静かなる革命だったのか?
 地殻変動の地方自治 ③
 市長と議長 どっちが先にあいさつするか?
 後輩の阿南フォーラム「私が、やる」を始めよう に参加
 地殻変動の地方自治 ②
 地殻変動の地方自治 ①
 道州制議論について
 師なくして自ずからその道に達っしてほしい(松下幸之助)
 観光立国ということについて
国には監査請求できない? 
高校における特別支援教育の充実について②
高校における特別支援教育の充実について①
二元代表制がなくなる?
特別委員会設置と法令の自主解釈権
 細川元首相の「私の履歴書」を読んで
「史」と「野」
増税なき財政再建は可能なのか?
民族・政治体制・政権
人はなぜ学校