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全国都市問題会議から考える所沢の観光のあり方①

10月6日~7日、鹿児島県鹿児島市で開催された、第73回全国都市問題会議に参加してきました。今回の会議に参加して、改めて所沢の観光についての問題点がクリアに見えてきた部分もありますので、ご報告いたしたいと思います。
議員になってから、この会議に参加するのは、3回目。4年に1回参加することになっていまして、前回は静岡、前々回は名古屋での開催でした。今回の会議はこれまでの3回の中でも、最も得るところの多い会議でした。まず、過去2回に比べて、テーマが明瞭でしたし、テーマと開催地である鹿児島市との関わりがはっきりしていました。
正式なテーマは、「『都市の魅力と交通戦略』地域資源×公共交通=地域活性化」。要するに交通が地域に及ぼすインパクトを観光振興や地域活性化に活かしていこうという内容だといってよいでしょう。どの論者も、今回のテーマを共有しているようでした。
過去2回は、テーマ性が希薄だった印象があり、議論が深まっていない印象でした。しかし、今回は、基調講演、パネルディスカッションと進むにつれて、螺旋状に観客側の知見が高まっていく高揚感を得ることができました。会議と同時に作成される、研究レポートも充実していました。
 テーマが開催地の鹿児島市の抱える問題意識に基づいていたことも説得力を増した原因と思われます。鹿児島市は、平成23年3月12日に、九州新幹線が鹿児島中央駅まで開通しました。このインパクトは、われわれ関東在住者が考えている以上に大きいようです。 
鹿児島中央~博多間が1時間19分、新大阪~鹿児島中央が3時間45分と時間距離が短縮されたばかりでなく、博多~鹿児島中央の利用実績も約6割増となり、特に関西方面から南九州への観光客が飛躍的に増えているそうです。鹿児島市としては、開業インパクトをいかにまちづくりに結びつけていくかが課題だったそうです。鹿児島市が単なる通過点とならず、鹿児島市内を周遊できるようにするか。鹿児島市内には市電が2路線走っています。この市電を利用して新幹線開業にあわせ3月5日から「観光電車」を運行。また、市電の軌道敷の緑化にも取り組んだそうです。他にも、桜島と鹿児島市を結ぶフェリーを利用して周遊クルーズにや、観光地周遊バスなどもさらに充実させたそうです。
市内の既存の公共交通を観光客に対してどれだけ利便性高く提供できるかが「鍵」のようです。そして、街の中をぶらぶら歩ける環境であることも、高齢化社会を迎えてさらに重要になってくるとのことでした。


日本の観光は、発地型観光から着地型観光へと大きな変化を遂げているそうです。発地型観光とは、出発地で旅のプランを開発します。典型的には団体旅行です。着地型観光とは、到着地が開発したプランを利用する観光、といった意味があるようで、個人やグループ型の観光スタイルのことのようです。

着地型観光
 着地型観光が優越してくると、当然ながら、画一的な旅のプランではなく、現地に到着してから、どれだけ、観光のオプションがアクセス容易な形で用意されているかということが重要になってくるということでしょう。
 着地型観光という観点から考察した場合、そもそも本当に所沢において観光というのが成立するのか疑問でもあります。例えば、所沢駅に降りたって、さあどこへ行こうかと思ってみたところで、交通手段や情報についても何のサポートもないわけで、一応、西武鉄道からもモデルルートなどが示されていますが、ルート上に、観光客向けのお店があるわけでも、看板表示も、地図もそれほど充実していませんから、途中で迷ってしまう可能性もありますし、迷わないまでも、もし、途中で疲れてしまった場合、公共交通機関を利用して近くの駅に戻ろうとしても、どこにバス停留所があるかもわかりません。
鹿児島市の場合は、今回、時を同じくして自転車乗り捨ての社会実験がちょうど行われていて、早速利用したのですが、乗り捨てしたとしても、そののち、出発地に帰ってくる公共交通機関が充実していますから、遠慮無く乗り捨てられるようになっています。
 同じ私鉄のターミナル駅という点では、阪急鉄道の宝塚市は、温泉もありますし、宝塚歌劇もあります。しかも、それぞれが街の中に立地しています。一方西武の場合は、西武球場にしても、西武園ゆうえんちにしても、街の中ではなく、隔離されて囲いこまれるような形で、観光ポイントが立地しています。まさに、所沢市の観光入り込み客数を稼いでいる施設が、発地型観光の発想で立地されているわけです。

今回も、別府と湯布院の比較のお話がありましたが、別府はホテルが巨大化し、ホテル内でお土産物屋もスナックも完結させることで、街をそぞろ歩く必要性がなくなってしまい、そのことから、別府が衰退していったという指摘がありました。
 一方、湯布院は、小規模な旅館しかなかったことが幸いして、旅館内だけでなく、宿泊客が街中を歩いて周遊する観光地となっていきました。最近では、別府市も鉄輪温泉を中心に、街なかをあるいて楽しめる様に変化していっているそうです。

 (つづく)かも

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