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ニセ議会基本条例を斬る Ⅱ を聴講して ② 福嶋氏の論点 地方議員の代表制について

 前我孫子市長の福嶋浩彦氏からのコメントは大変参考になりました。そうはいいながら、今回のお話を聞くのは実は3度目になります。さすがに3度聞くと、いくら理解力の乏しい私でも、福嶋氏の言わんとしていることがようやくわかってきました。

 福嶋氏の話を要約してみます。

 日本国憲法前文において、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」とあるように、国会議員は国民の代表として独占的な地位を占めている。
 また、「第五十一条【議員の発言・票決の無責任】 として、両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。」とされている。つまり、国民は、本人が辞さない限り一旦選んだ国会議員を辞めさせることはできない。
 気に入らなければ、次回の選挙で代表として選ばないという選択しかない。

 一方で、地方議員や首長はそうではない。地方自治第5章直接請求 第76条には、選挙権を有する者による議会解散請求権が、第80条には議員の解職請求権が、第81条には首長の解職請求権が認められている。
 このことは、制度上、もし議会や首長が有権者の意に沿わない場合は、住民が辞めさせることができる権利が保障されている。つまり、議員や首長は独占的な唯一の代表ではないということである。
 付け加えれば、同じ地方自治法第5章 第74条では条例の制定改廃を請求する権利(ところが、地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するものは除かれています)が規定されている。
 住民も直接権力行使ができる道が制度的に保障されている。
 つまり、地方自治は、直接民主主義と間接民主主義の組み合わせである。 

 以上の点を前提として考えるならば、たとえば議会基本条例の制定過程においても、あるいは通常の地方議会の審議過程においても、有権者の意見を聞くのは当たり前のことである。

 なるほど、そうだな、と改めて思いました。

 ただ、現実の実態論からすれば、直接請求は、自治体の規模が大きくなればばるほど、現在の地方自治法上の規定に沿えば、ハードルは高くなるわけで、制度的な保障はあるが、現実には行使しにくい権利といえるでしょう。
 一方で、第94条では、町村は議会を置かずに、直接民主主義で決定を行う、町村総会のしくみも用意されています。一方で、東京都を除く政令市の特別区では、区ごとの選挙区で市議会議員も決められます。こうなってくると、より国会議員に近い代表制を実態としてもってくるような印象もあります。

 しかし、敢えて何点か、反論するとすれば、地方議員や首長の解職請求は憲法上保障された規定ではないこと。また、憲法第93条では、「その議事機関として議会を設置する」と必置機関とされています。ですから、独占的な代表権は確かにないが、憲法上は、議事機関としては唯一の存在であることも確かです。

 現実は法理と実態との中間点に、それぞれの自治体がグラデーションのように配置されていると見るのが自然です。

 私としては、福嶋氏の議論によって、市民の意見を聞くことを理論づけるより、日本国憲法第15条にあるように、「すべて公務員は全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。 」と規定されていることを前提に市民の意見を聞くことを理論づけるほうが個人的には好きです。

 それにしても、いまだに議員が自由に議論できないからといって、委員会から傍聴を排除する理論だけはよくわかりません。はっきりいって法律違反です。地方自治法第115条では「普通地方公共団体の議会の会議は、これを公開する。」となっており、特例として秘密会を認めています。特例が常態化することはあってはならないはずです。

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