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議会改革について ②

これは地方分権改革に関わった行政学者を始め勉強熱心な行政関係者の間では共通認
> 識になっているのですが、西暦2000年の地方分権一括法の施行によって、首長の権限が
> さらに強大なものになりました。その証明が、まさに阿久根市長の暴走をだれも止めら
> れないことに現れています。鹿児島県知事が議会を開催するように是正勧告をしたよう
> ですが、是正勧告にはなんら法的な権限はありません。もっと言えば、西暦2000年の地
> 方分権一括法の施行に伴う地方自治法の改正によって、市町村と都道府県とは上下関係
> ではなく平等・対等の関係になりました。なんせ、専決処分を乱発しても誰も止められ
> ないのです。止める方法があるとするなら、不利益を被った住民が行政訴訟で差し止め
> 訴訟などを提起するしか方法はありませんが、なんせ阿久根市の竹原市長によって懲戒
> 免職とされた職員が、鹿児島地裁に訴えて、地裁が処分の効力停止を決定したにもかか
> わらず職場復帰を認めないのですから、あとは、暴走を止めるには、住民からの市長リ
> コール運動しかありません。
>
>  日本の自治体における統治システムは首長制もしくは二元代表制といいます。厳密な
> 首長制もしくは二元代表制においては、予算の提案権は議会にあると言われています。
>  日本国憲法第93条をよく読めば、議事機関として、地方自治体に議会は必置ですが、
> 首長は必置ではありません。首長を置く場合は選挙で選べとしか書いてありません。で
> はなぜ首長を置くかと言えば、地方自治法に書いてあるからです。
> 日本国憲法は、米国の地方自治システムをモデルとしているといわれています。米国は
> 、首長を独立に選挙する場合もありますが、議会がシティマネージャー(日本でいえば
> 副市長)を選任し、市長は、議会代表が兼ねる名誉職的な位置づけをしている自治体も
> 多くあります。当初はそういった、仕組みも考えられたのでしょう。しかし、その後お
> そらく旧内務省の巻き返しにより、戦前の官選知事システムを残したいがためでしょう
> か、首長が必置となってしまいました。その辺のゆがんだ事情があってか、首長は立候
> 補する都道府県や市町村に住民票がなくても立候補できますが(これこそ官選知事の名
> 残)、議員は立候補する地域の住民票が無くてはいけません。
>  おおよそ、民主主義国を標榜する国においては、議会制民主主義が基本になっていま
> す。
>  ともすれば、早急な変化を求める住民は期限付きの独裁としての首長を求めるきらい
> があります。さしずめ、水戸黄門型独裁とでも名付けておきましょう。これまでの法律
> や慣例を無視して、水戸黄門が現れて、罪刑法定主義を無視して、いきなり切腹を命じ
> 、罰することになんら痛痒を感じない。いやむしろ、それの方がいいじゃないか。
> 戦前、日本が戦争に突入していく過程でも同じような現象が見られました。大日本帝国
> 議会が党派間の政治闘争に明け暮れて、昭和恐慌などに対して有効な方策を立てられな
> かったことに国民の不満が高まり、議会全般に対する期待感も弱まり、革新勢力として
> の軍部の台頭を歓迎したのです。例えば、226事件などもそういった潮流に沿ったもの
> だったのでしょう。ロケット工学の権威であった糸川英夫先生も、226事件が起こった
> 際に、これで政治が、世の中がよくなるという期待感に充ち満ちたと語ってくれました
> 。

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