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会派「翔」マニフェストの評価について②

議会(会派)マニフェストの先行事例
議会マニフェストを作成するにあたって、まず参考にしていただきたいのが、マニフェスト大賞である。(「マニフェスト大賞」で検索)
このマニフェスト大賞を主催しているのが、ローカル・マニフェスト推進地方議員連盟、ローカル・マニフェスト首長連盟などのメンバーによって構成されている、マニフェスト大賞実行委員会である。私も、実行委員を昨年務めさせていただいた。共催は早稲田大学マニフェスト研究所である。この大賞はマニフェストを日本に導入した第一人者でもあり、現在は早稲田大学マニフェスト研究所の所長でもある、北川正恭前三重県知事である。この大賞では昨年までの過去4回にわたって首長マニフェストや議会マニフェストの大賞候補をノミネートし、かつその中から大賞を選出している。例えば、それぞれ第3回、第4回の地方議会のマニフェスト大賞グランプリを受賞した、三重県議会会派新政みえの「新政みえビジョン」(「新政みえ」で検索)民主党京都府総支部連合会の民主党京都マニフェスト「京都スタイル」(「民主党京都マニフェスト」で検索)などをご参照いただきた。残念ながら県議会と市議会は、規模も役割も違うので、この事例が直接市議会などの基礎自治体議会の参考にはならないが、議会マニフェストの様々なバリエーションはこのマニフェスト大賞のサイトを見ていただければ概ねつかんでいただけると思う。


会派がなくなれば会派マニフェストも雲散霧消?

 幸いなことに、私の属する所沢市議会会派「翔」はまだ存在している。これは、意外と重要なポイントで、私たちと一緒になって会派マニフェスト作りに取り組んだ神奈川県A市の会派はすでに存在しない。政党が基礎となった議会会派の場合は、会派イコール政党という場合が多いので、会派構成は安定している。
しかし、無所属あるいは政党籍のある議員とない議員が混在している会派などは、人事の諍いなどをきっかけに会派構成が変更になることがままある。A市の会派マニフェストは、ページ数も24ページ、オールカラーで、イラストや図表もふんだんにおりこまれていた。 
この会派は9名の会派であり、会派の人数と政務調査費の金額によって、マニフェストにかけられる費用は大きく左右される。マニフェスト発表会も豪華版で、市内でも最も大きい文化会館に300人以上の住民を集めて発表会を行った。残念ながら、わが会派が実施したマニフェスト発表会はわずか30名程度しか聴衆が集まらなかった。しかし、いくら素晴らしい会派マニフェストであり、発表会に人が集まっても、それを生み出した会派がなくなってしまってはマニフェストそのものの評価の仕様がない。ただし、A市議会については、後日談があり、会派の一人が市長選に立候補し、会派マニフェストを参考にしながら市長マニフェストを作成したため、結果的に会派マニフェストは一部市長マニフェストとして再生している。
 千葉県B市のある会派も、印刷物のデザインに凝ったマニフェストを作成していた。私たちもこの会派のデザインをモデルにした。しかし、この会派も改選後いつのまにかなくなってしまっていた。会派というのは、選挙結果によって容易に組み替えが起こってしまうのはご承知の通りである。
我が会派のマニフェストは、当時、会派「翔」の5名の市議会議員によって起草された。選挙では、私を含む3名が当選。1名が落選、1名が引退した。改選後は、新たに1名の議員の参加を経て、4名の会派となり、現在に至っている。
 新しく入っていただいた1名には、当然ながら、会派マニフェストへの賛同を条件に会派に入っていただいた。
 これは会派の基本原則でもあるのだが、会派マニフェストを作る際に最も重要なポイントは会派が政策や理念を共有できる仲間で構成されているかどうかである。実際、わが会派は、議案の賛否に当たって、会派内の意見が分かれることも容認しているが、ことマニフェストに掲載した項目については、分かれる場合は、会派離脱を条件としている。
 ここでの教訓は、もし会派マニフェストを作成するとするなら、やはり、会派が今後も存続できるメンバーで構成されていることが必須要件である。そうでなければ、無理に会派で作るより、議員個人のマニフェストとしたほうが無難である。

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